はじめての旅行
その2

115000キリ番作品









温泉以外には本当に何もない旅館。

さぞ退屈するだろうと思っていたが、そうでもなかった。

旅館のある山は、まだまだ緑がいっぱい残っていて―――それは裏を返せば精霊たちがまだ多く息づいている場所でもあるといえる。






「まぁ‥‥河の神様であられましたか」

千尋が一緒にいる事で、最初は皆警戒心を露わにしてくる(普段は人間の目には見えないのだが、ハクと一緒にいる事で千尋自身も見えるようになってきているらしい)のだが、ハクの事を知ると皆親しげに話しかけてきてくれる。

神としての力はないに等しいとハクは言っていたが―――やはり神という立場を捨てる事は出来ないらしい。

おかげで、千尋にもずいぶんと「人間外」の友人が出来てしまった。

「‥‥ホントに、ハクって神様なのねぇ‥‥」

「もう琥珀川はないのだから、名ばかりなんだけどね」

そんな事を話しながら旅館へと向かっていた二人だったが――――ふ、とハクが歩みを止めた。

「? どうしたの?」

少し行き過ぎたところで千尋も止まり、振り返る。

「いや‥‥こうして私が「人間」として暮らす事になるなんて、川の主だった時には思いも寄らなかったな‥‥と思ったんだ」

ハクはさっきまでいた山のほうに視線を向けた。

「もしも川が埋め立てられていなかったら、きっとあの精霊たちのように存在し続けていた筈だから‥‥」

千尋は無言でハクに近づき、同じように視線を向けた。

夕暮れが近いのか、空が少しずつ赤みを帯びてきている。




「―――ハク、戻りたい?」

千尋は山を見つめたまま、ハクにそう問いかけた。

「え?」

「もし戻れるなら‥‥河の主に、戻りたい?」


ややして、ハクが口を開いた。

「主に戻ったら二度と千尋に会えなくなる――――それくらいなら、今の中途半端なままのほうがいい」

千尋がはっと視線を向けると、ハクはじっと千尋を見つめている。

そのまっすぐな瞳がくすぐったくて、千尋は顔が赤くなるのを感じていた。

「‥‥‥‥‥そ、そぉ‥」

嬉しい、とか大好き、とか言葉が言えればいいのに、恥ずかしくて口に出せない。

ますます赤くなる千尋に、ハクはくすっと笑みを漏らした。

「千尋‥‥‥真っ赤だよ」

「わ、分かってるから、指摘しないでっ」

頬を手でおさえ、千尋は慌ててそっぽを向いた。

そんな千尋にそっと寄り添い、ハクは彼女の耳元に唇を寄せた。

「千尋は‥‥私がいなくなったほうがいい?」

「!」

千尋はハクのほうに振り向き、腕を掴んだ。

「そんな事したらっ‥‥泣くよ、私っ!」

と言いつつ、千尋の涙腺はもうゆるみ始めている。

「どっか行ったりしたら‥‥嫌だよ‥‥」

ハクはそっと千尋を抱きしめた。

「大丈夫‥‥‥私は何処にも行かないよ。ずっと千尋のそばにいると誓ったのだから」

「‥‥ほんと?」

「本当だよ」

千尋はハクの背中に腕を回して来た。

「ずっと‥‥そばにいてね‥‥私のそばに‥‥」




千尋の言葉が鎖となって、ハクを縛り付ける。

しかしそれこそが彼の望んだこと。

でなければどうしてヒトの姿をとって、ヒトと同じような暮らしをする事を選ぶだろうか。





「さ‥‥そろそろ帰ろう。もう夕食の用意がしてある筈だから」

ハクに促され、千尋は「うん」と返事を返した。

「あの旅館のご飯、おいしかったよね! 今日の晩ご飯は何かなぁ‥」

既に考えは晩ご飯にとんでいるらしい千尋に、ハクは苦笑するしかなかった。








二日目の夜が来た。

「ふー」

露天風呂に入って来た千尋は、部屋に入るなり足を止めた。

部屋の灯りが消えている。

ハクは―――というと。

窓際に立って空を見上げているようだった。

「‥‥ハク?」

千尋が呼びかけると、ハクはふっ‥と振り向いた。

「ああ、出たんだね」

「うん‥‥何、してるの?」

ハクは再び空に視線を戻した。

「うん―――月を見ていた」

千尋もつられるように窓際に行き、同じように空を見上げる。

月が、皓々とあたりを照らしていた。

「綺麗ね―――‥‥」

「やはり町中よりも良く見える。月がまぶしすぎて星が見えないのが残念だが‥‥」

月の光が邪魔をして、星は見えない。

「でも‥‥星は確かにあるのよね、あそこに」

すっ‥‥とハクの腕が千尋の腰にまわる。

そのまま引き寄せられて―――千尋はハクを見上げた。

「千尋の心も、私の目には見えないけど――――確かにここに、有る」

ハクの指がちょうど千尋の心臓のあたりに当てられる。

かなりきわどい部分に触れられて、千尋の頬が赤くなっていく。

鼓動がどんどん早くなっているのは、きっとハクの手にも伝わっていることだろう。

「ハク‥‥その‥‥」

「‥‥恥ずかしい?」

そう問われて、千尋は少し躊躇した後――――小さくこくっと頷いた。

「‥‥でも‥ハクになら‥‥いい。我慢‥出来るから」

その言葉の返事は、千尋の唇に直接落ちてきた。











次の日。

「‥‥お、起きあがれないっ‥‥」

体の痛みの為に起きあがれなくなった千尋の為に、もう一泊するハメになってしまった。

「‥‥ハクぅ〜〜〜〜‥‥」

恨めしそうに睨み付ける千尋に、ハクは弁解出来ない。

「す、すまない千尋‥‥つい‥‥」

「つい、じゃないってばっ! も〜〜〜っ!!」

思った以上に自分の自制が効かなくて――――という言葉は、呑み込んでおく。

今の千尋にそれを告げたら、暫く口を利いて貰えそうにないからだ。

「暫く休んでいなさい。何か貰ってくるから」

「分かった‥‥お願いね‥‥」




ぐったりと横になる千尋に悪いとは思いつつも―――至福の笑みを抑えられないハクであった。







END


115000キリ番作品です。遅くなりましたー(汗)。ラブラブな旅行を、という事でしたが‥‥実は私自身がそんなに旅行に行った事がないので、何をさせていいものかてんで見当つかず!!(汗) なのでまぁやりそうな事を詰め込んでみました‥‥全然脈略ない話になってしまい申し訳ありません(汗)。ただラヴラヴな感じは‥‥出たんではないかと‥‥‥(そのまま逃げ)。




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