千尋の平凡な日常
その3
87000HIT キリ番作品
それから数日して。 それまでぽろぽろと来ていたマスコミが来なくなった。 静かな日常が戻って来たのは嬉しかったが、千尋は返って拍子抜けしたくらいだった。 ハクは何をどうやったのか、いつの間にか荻野家に住む事になっていた。 だから千尋は隣にしつらえられたハクの部屋へとその事を聞きに行ったのだった。 「ああ‥‥あれ? あれはね」 ハクは読んでいた本から目を離し、千尋に笑いかけた。 「あの映像に「この幻を見た者が「荻野家が神隠しに遭った」という出来事を忘れる」という呪いをかけたんだよ」 「‥‥呪い?」 「呪いというと禍々しい響きかもしれないけど、まぁ術だね」 確かに、あの場に殆どの局のリポーターが集まっていた。 そして殆どのカメラがハクを捉えていた。 という事は。 「つまり‥‥‥殆どのマスコミの人たちがあの画像を見て、忘れちゃったってこと‥‥?」 「そういう事だね。世間一般の人々というものは、マスコミが騒がなければすぐに忘れていくものだし」 そう言ったハクは、じっと千尋の瞳を覗き込んできた。 「‥‥‥な、なに?」 間近からじっとハクの綺麗な瞳で見つめられると、意味もなく赤くなってしまう。 「千尋‥‥綺麗になったな、と思って」 思わず否定しそうになって、ハクがまじめな顔をしているのに気づき、千尋は頬を赤らめた。 「そんなこと、ないよ‥‥ハクの方が綺麗になってる‥‥」 「私の姿はかりそめのものだ。ただ千尋のそばに存在する為だけにあるもので、私にとっては意味のないものだよ」 ハクの言葉は難しかったが、ハクが自分の容姿に関して全く何も感慨を抱いていないらしい事はわかった。 二人の間に流れる不可思議な雰囲気。 気まずくはないが、胸がどきどきしてくる。 心臓の鼓動が、まるで頭に移動してしまったかのよう。 そんな千尋の心を見透かしたように、ハクはふっ‥と唇を笑みの形にゆがめた。 「千尋‥‥」 ハクの手が頬に当てられる。 「あっ、あのっ‥‥あのね、ハクっ! ま、マスコミの人は忘れたっていうけどっ‥‥が、学校のみんなは忘れてないんだよね!? 今日もよそよそしかったし!!」 気恥ずかしさから、思わず今はどうでも良い事を、また大きな声で口走ってしまう。 笑われるか―――とも思ったが、ハクは至極まじめな顔のまま、千尋の顔をじっと見つめた。 「明日、学校に行ってご覧‥‥?」 頬に手を当てたまま、ハクは顔を近づけて――――唇が触れるか触れないか、という距離で囁き、そのまま千尋から手を離した。 「さあ、そろそろお休み。もう夜も更けたからね」 そう言うが早いか、ハクは千尋をぽいっと扉の外に押し出すと、そのまま扉をしめてしまった。 あとには、ぽけ〜〜っと放心状態の千尋が残るばかりだった。 さて学校。 ハクは玄関で、千尋の母と共に「行ってらっしゃい」とお見送り。 ――――何となく、いやかなり違和感がある。 ハクは記憶操作をしたようで、今は「海外赴任した母の友人の息子」として荻野家に収まっている。 ――――ハクって、凄い力を持ってるんだ。 今更ながらにハクの力に舌を巻きつつ、千尋は学校へと走っていった。 「おっはよっ!」 後ろから背中を叩かれて、千尋はびっくりして振り返った。 「お、おはよ‥‥」 今背中を叩いて来た娘は、つい先日まで「誰かさんのせいで勉強に集中できなーい」とあからさまに嫌みを言っていた娘の筈。 が、今はにこやかに千尋に挨拶してきている。 「早く行かないと遅刻だよ、荻野さん!」 「あ、うん‥‥」 一体、何の心境の変化だろ? それとも。 もしかして――――ハクが、学校のみんなにも何か手をくわえたんだろうか? そうに違いない。 でなくては―――この変わり身の早さは解せない。 そんな事を思いつつ教室に入って席につくと、本鈴が鳴って担任が入って来た。 「あー、みんなも知っての通り、今日から新しい転校生が入った」 知っての通り? と周りを見ると、どうやら知らないのは千尋だけらしく、周りはざわざわと思い思いの事を口走っていた。 「聞いた? ちーちゃんっ! すっごくカッコイイ男子だって!」 友人から耳打ちされ、千尋は「ふうん‥」と曖昧な返事を返すにとどめる。 が。 担任に促されて入って来た人物を見て、あいた口がふさがらなかった。 「荻野くんのお母さんのご友人のご子息だそうで、帰国子女だそうだ。名前は‥‥」 「速水琥珀といいます」 凛とした声でそう告げるのは、ハクその人だった。 「暫く荻野くんの家に滞在するそうだから、皆仲良くしてやってくれ」 担任の最後の言葉は、クラスの女子の黄色い悲鳴によってかき消された。 授業中も、千尋はムスッとしていた。 ハクが隣を通った時、ハクが千尋にだけ聞こえる声で耳打ちして来たのだ。 「学校の噂を消すには、ただ術をかけるだけじゃダメなんだ。暫くの間は永続的に術を公使し続けなくてはね」 荻野千尋、という存在と深く関わっている場所だからこそ、"記憶を消す"という行為も何度もかけ直さなければ消す事は出来ない。 いや、本当の意味で「消す」事は出来ないのだが―――皆の心の奥深くにその事実を沈み込ませてしまうのは、さすがのハクでも時間がかかるものらしい。 という事で自ら学校に乗り出して来たらしいのだが。 ―――――おもしろくないっ。 あわよくばハクを独り占め、なんて事を考えていた千尋は、アテが外れてしまった為に不機嫌なのであった。 きーんこーん‥‥ チャイムが鳴ると同時に、教室が騒がしくなる。 当然、女の子の大部分はハクへと集中。 見なくても分かる。 千尋はわざとハクを見ないようにして、教室から出ようと扉を開けた。 そこには。 「ちょうど良かった! 荻野千尋さん、話があったの!!」 「放送委員」という腕章をつけ、マイクを持った女生徒と、同じく腕章をつけ、カメラを持った男子生徒。 あと何人かの同じような腕章付きの生徒たち。 そういうメンツが扉の前に立っていた。 「新しく転校してきた速水琥珀くんと同じ家に住んでるんですってね? 色々とお話を聞かせて貰いたいのだけど‥‥当然、いいわよね!?」 ずずいっ、とマイクをつきつけてくる生徒に、千尋はじりじりと後ずさった。 が、トン‥と背中に何かあたったのに気がつき慌てて振り返る。 そこには 「色々と話聞かせてくれるわよね〜〜ちーちゃん?」 マスコミ達が押し掛けてきていた時には力になってくれていた友人たちが、バリゲードを作って千尋の退路を断っていた。 「うそ〜〜助けてくれないの!? 友人じゃないっ!」 「それはそれ、これはこれ、よ?」 男が絡むと女の友情は脆いらしい。 「さ、じっくりと話を聞かせて貰いましょうか〜〜〜!?」 それから、千尋が大のインタビュー嫌いになったのは言うまでもなかった。 END |
87000キリ番作品です。実はこの作品は、キリ番とられた殉さんご自身が途中まで書かれた小説を元にしています。神隠しの事でインタビューを受けまくる荻野一家、という事だったんですが、そのまま使わせて貰うのは恥ずかしかったので(謎)、色々と変えてみました。コメディタッチで‥‥という事だったんですが、ハクが性悪になってしまいました‥‥すみません(あうー)。 |