意地っ張りといじめっ子
その1









「せーん! 客だよーっ」

女部屋でくつろいでいた千尋は、その声にリンと顔を見合わせた。

「誰だろ?」

「オレが知るかよ」

「……ごもっとも」

千尋は脱いでいた水干をかぶると、慌てて女部屋を飛び出した。

長い階段を下り―――――そして、玄関へとやってきた千尋は、げっと立ち止まった。

「こんにちは」

従業員や湯女が困りきった顔をしていたのも無理はない。

「センに会いに来たんだ。よろしく、おねがいします」

ふかぶかっと頭を下げられれば、千尋も頭をさげるしかない。

「よ、よろしくっ………」

玄関で頭を下げ合っている二人を見て、様子を見に来た湯婆婆が呆れた声を出した。

「何やってるんだぃ、玄関先で。早くお客様をお部屋にご案内しな!」

「はっ、はいっ!」

千尋は慌ててその客―――――ルウを案内するため、歩き出したのだった。








「あの、ルウさま」

部屋に落ち着いて、お茶なんぞを出しつつ。

「なに?」

おずおずと訊ねる千尋とは好対照に、ルウはにこやかに答えた。

「あの……この湯屋を贔屓にして下さるのは嬉しいんですけども、ここは純和風ですし………ルウさまは外国のお客様ですから、色々と不都合もあるのではないですか……?」

湯婆婆に聞かれたら「余計なことを言うな」と言われるに決まっているので、聞こえないように声を潜める。

「センは、迷惑?」

「いいえっ! そんなことはっ……」

慌てて否定してから不自然だったろうかと思い、いきなり恥ずかしくなって俯く。

ルウはそんな千尋を見てクスクス笑っていた。

「わ、笑わないでください………」

「気を悪くしたのなら謝るよ。でも、私はセンに会いたくて来てるんだ。それでは駄目かな?」

みるみる千尋の頬が赤くなる。

「…………」

どう返事を返していいやら。

気のいい返事を返せば怒る人がいる。

かといって無下な返事も出来ない。

困り切った様子で千尋が黙っていると、ルウはまた笑みを漏らした。

「ああ、ごめん。君にそういう事を言うと怒る人がいたね」

ルウはそう言うと、ふっと視線を遠くに向けた。

「彼は?」

「あ……今日は別のお客様の接客をしています」

その「別の」客も食わせ物。

どうしてこう重なってしまうのだろう――――――と千尋は溜息をついた。








「そう不機嫌な顔をするでない。仮にもわらわは客ぞ? 客の前でそのような顔をして良いのか?」

「……ならばどうしてこの時を狙ったかのようにお越しになるのでしょうか?」

ハクが慇懃無礼にしか聞こえない言葉を吐いても、目の前の客――――咲耶は笑みを浮かべるばかり。

「別に狙ってなどおらぬよ。わらわが来た時にたまたまルウが来た。それだけの事じゃ」

「……あなた方は仲が良い、とお聞きしましたが………?」

「それはそれ、これはこれじゃ。ささ、今宵はわらわの相手をするようにと湯婆婆から言われて来ているのであろ? とことんつきおうて貰うつもりゆえ、覚悟するようにな」

ハクはムッとした表情を隠そうともせずに、咲耶が差し出した杯に酒を注いだ。

――――千尋は太陽神のほうに回されたと聞く。………絶対に、湯婆婆の陰謀だ。

そんなハクを咲耶は面白そうに眺めていた。






「それでは、ごゆっくりお休み下さい」

千尋は湯女ではない。下働きの従業員だ。

だから本来、こんな風に接客をするという事はない。

今回もルウが千尋を指名したからこそ、大抜擢を受けたのだ。(それとやはり外国人というのは慣れないようで、他の湯女たちが後込みしたというのもあるらしい)

ルウの座敷を辞してもまだしなければならない事は山のようにある。

「あれ、もう帰ってしまうの?」

「ま、まだ仕事が残ってますから……」

「そう」

根は単純というか良い人というか。

決して咲耶のように悪戯をしかけようとしないのは良いのだが。

「それじゃあ、明日。また来てくれるね?」

――――悪気がないのが始末に負えないのは確かかもしれない。

「は、はあ……」

千尋はそう曖昧に返事をして、そそくさとルウの部屋を辞したのだった。





さて一方。

ハクはというと。

「……咲耶姫。一晩中飲み明かすおつもりですか」

……まだ酒盛りの最中だった。

「まだ宴は始まったばかりであろう?」

「おひとりで勝手に盛り上がって下さい。私にはまだ仕事が残っていますので」

「千の事が気になるか?」

千尋の名を出されてハクの表情が固まる。

咲耶は面白くてたまらない……と言わんばかりに笑みを漏らした。

「……咲耶姫。笑いすぎです」

ハクが不機嫌そうに声を出すと、咲耶は涙を拭きつつ手を振った。

「ああ、すまぬ……いや、千の事となると正直じゃの」

「からかうおつもりならば失礼致します」

もう用はないといわんばかりに腰をあげかけたハクに

「良い案があるのだがのぅ? ルウと共にいるのが気にくわぬのであろ?」

咲耶がそう提案をして来た。

良い案、と聞いてハクの動きも止まる。

「聞いて損はないと思うぞ?」

「………………」

長い長い時を生きる神は、大体悪戯好きだ。

数百年どころではない、数千年の時を生き、現に生きて来た者は絶えず刺激を欲している。

損はないかもしれないが、それはあくまでも咲耶にとっての話である。

とは言えど、たかだか日本国の小さい河の化身如きが、太陽神の一人に刃向かったところですぐに潰されるのは目に見えている。

話を聞いてみてからでも遅くはないかもしれない。

「……いいでしょう。話を聞いてから、判断します」

おや、と眉をあげつつも、咲耶はハクの言葉に頷きを返した。

――――コハクがわらわの申し出を受けるとは……内心は随分と焦っておるようじゃの。











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