意地っ張りといじめっ子
その2









さて次の日。

「ふわぁ……」

いつもより仕事プラスルウの世話という倍の仕事をこなした千尋の目覚めは良くなかった。

「ねむぅい………」

などとぶつぶつ言いつつ、日課になった湯殿の掃除へと向かっていく。

とその時、ハクが向こうの階段から下りてくるのが見えた。

「ハクー、おはよう」

ハクがちらっと千尋の方を見る。

「おはよう」

――――と。

いつもならきっとここで「昨日はルウさまと何かなかったか、何もされなかったか」と色々聞いてくるであろうハクが、それだけで何も言わずに歩き去っていってしまった。

「………えぇ?」

きっと何か言われるだろうと覚悟していた千尋の方が、拍子抜けしてしまい呆然とするばかり。

「……何ぼーっと突っ立ってんの? 早く行かないと遅れるよ」

「あ、うん…」

従業員の女の子に言われて、慌てて足を踏み出す。

が頭のなかはさきほどの素っ気なかったハクの事でいっぱいだった。



―――――ど、どういうこと? ハクが何も怒らないなんて。

―――――どうしてだろう。

―――――も、もしかして。

―――――愛想がつきちゃったのかな!?



がこん。ばっしゃあん。


「何やってんだよ、センッ!」

はっと気がつくと、千尋は手に持っていた筈の、水がいっぱいに入った桶を床に落としていた。

当然、床は水浸しである。

「ごっ、ごめんなさぁい!」

慌てて広がっていく水を雑巾で拭き取るが、なかなかうまくいかない。

「さっきからぼーっとして……何やってんだよ、しっかりしろよ!」

リンに怒鳴られて、千尋は「はい」と小さく頷くしかできなかった。




「元気がないね。どうしたの、何かしんぱいごと?」

今度はルウにそう言われてはっと我に返り、千尋はまた自分がぼーっとしていた事に気がついた。

「も、申し訳ありません!」

仕事中にぼうっとするなんてもってのほか。

現実社会的にはまだ子供として分類される年齢の千尋でも、それくらいは分かる。

「ううん、それはいいんだ。何か、あった? あの帳簿係の子と、喧嘩でも?」

「いえ………」

一瞬相談しようかとも思ったが、客と従業員という関係でそこまで甘える訳にもいかない。

「本当に、何でもないんです」

笑って誤魔化そうとするが、ルウは真剣に千尋を見つめてくる。

「I shall help you」

何を言っているのかは良く分からないが、きっと相談にのるよと言っているのだろう、と千尋は理解した。

ハクはどちらかと言えば中性的な美貌の持ち主なのに比べ、ルウは太陽神であるせいかぐっと男らしい。

そのすんだ瞳でじっと見つめられると、ただの人間の小娘でしかない千尋は抗えず、頬を赤らめた。

「そ、その……大した事ではないのですけども……」

千尋はぽつぽつと、ハクが口を利いてくれないのだとルウに話した。

「その……いつもなら、私は別の男性と親しくしていると怒るんですけど……」

その「男性」がルウであるというのは一応伏せておいたが、きっとルウは気がついているだろう。

「そう……」

神とはいえど「男」という性であるのだからもしかしたハクの気持ちも分かるだろうか?

「きっと、ちょっと拗ねているだけじゃないかな。センは可愛いし、ドラゴンは嫉妬深い生き物であるから………センから歩み寄っていけば、きっとすぐに機嫌をなおしてくれるよ。我々のような生き物であって半分生き物でないような存在は、情が移り変わる事はないんだ。一度捧げた愛情は捧げた相手が死んでも続く。だから心変わりしたという事はない」

心変わりの可能性はない、とはっきりとルウが言い切ってくれた事で、千尋は少し安堵して笑みを漏らす事が出来た。

――――少なくとも、嫌われて飽きられた訳じゃないんだ………。

「だから、一度あの少年に言ってみてごらん?」

「はい」

今度はきちんと素直に頷き、ルウに笑いかける事が出来た千尋だった。






「………ハクぅー」

「………………」

番台に座ってずっと書き物をしているハクに横から話しかけてみて無視され。

「ねぇ、ハクってばぁ〜…」

「………………」

湯殿の見回りをしている時に後ろから話しかけてみて無視され。

「こっち向いてよ、ねぇ」

「………………」

皆が仕事が終わって三々五々散っていく時に姿を見つけて話しかけてみて無視され。


そんな事はかつてなかった事だった。

千尋はどんどん不安になってくる。



「………ね、ねぇ……ハク。私のこと………もういやになったの…?」

最後に涙声でそう訊ねると、歩いていたハクがようやく歩みを止めた。

「………いやになったんなら言って貰わないと、私わかんないよ……」

「…千尋………」

ハクは千尋に向きなおり、その手をとった。

「そうではない。……その、泣かないでくれ」

なんのかんの言って、千尋に泣かれると弱い。

そうと知らずに涙を武器にしてくる千尋に理不尽なものを感じつつも、最後には従うしかないハクてあった。




「仲良く出来たであろう?」

「仲直り出来たみたいで良かったよ」

ハクが咲耶の部屋を訪れると、ルウとちょうど酒盛りをしているところだった。

「……千を気に入られたのは分かりますが、あまり馴れ馴れしくしないで頂きたい。千はただの従業員にしかすぎませぬゆえ、特別扱いをされると彼女が困ります」

そう忠告すると、ルウは人なつっこい笑みを浮かべた。

「わかっているよ。あの娘は人間にしておくのが勿体ないくらい、他の種族の気持ちが良く分かるいい娘だね。だからつい話しかけたくなってしまうんだ。悪いね」

「まぁ良いではないか、コハク。あまり目を光らせすぎると怖がられるぞ」

「誰が目を光らせないといけない状態にされてるのでしょうね」

「さて………誰であろうな?」

しれっとはぐらかす咲耶を怒鳴りつけたい気分に囚われるが――――何とかそれをおさえこむ。


――――相手はお客様で、上位神。私がかなう相手ではない………咲耶姫は悪戯好きなのだから……。


呪文のように心のなかでそう唱えて、何とか心を落ち着かせる。

とその時。

「そう……明日、千を連れて散歩に行こうと思うのじゃが、ルウも同席せぬか」

「いいですね。サクヤにおつき合いしましょう」

「………………」

「コハクは仕事があるゆえ、居残りじゃな」

意地悪っぽく微笑む咲耶に、ついにハクの堪忍袋の緒が切れた。


「いい加減になさって下さい―――――――っ!!! 千は従業員だと何度言えば分かるのですかっっっ!!!!」


千は明日は体が空いておりませんあしからず、と怒鳴って出ていてしまったハクを見送り――――ややして。

「ぷっ……くくくっ……あははははっ!」

咲耶が大爆笑をはじめた。

「サクヤ、からかいすぎですよ」

「いや、ついな………コハクは可愛いのぅ。だからつい苛めたくなってしまうのじゃ」

真面目で融通が利かないハクは、絶好の遊び相手。

ハクの方は絶対に認めたがらないだろうが。

「さぁて……明日はどうやって遊んでやろうかのぅ」

そんな事を考え始める咲耶に、ルウは苦笑をうかべるだけだった。





次の日、ハクと千尋が二人揃って呼び出され、咲耶にからかいぬかれたというのは、別の話である。







END


180000キリ番書く時に、ちょっとリクを勘違いしてたんですね、最初(汗)。で勘違いのまま途中まで書いてて、もう一度リク内容を確認して「違うジャン!Σ( ̄▽ ̄lll 」と気がついてリクは別に書きました。でも勿体ないので載せるヤツ(爆笑)。どのように勘違いしていたかは読めば分かります。誘いをかけるというのは同じなんですけどもね…………こっちの方が平和だなぁ、何となく。




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