かごめかごめ
その16










気がつくと。

部屋の中は朝のやわらかな光に包まれていた。

「‥‥気がついた?」

ハクが千尋を抱いて座っている。

「ハク‥‥?」

「終わったよ」

視線であたりを見回すと―――あの黒い霧は何処にも見あたらず。

何事もなかったかのようにあたりは光に満ちていた。

「‥‥いったい‥‥」

「呪詛返しだ。千尋が那衣の声に気がついてくれたから出来たんだよ」

「?」



かごめの歌――――その歌を何度もリフレインしていたのは、結界を、籠目の力を強めるため。

そして夜明けの晩に後ろの正面を開く事で―――屋敷内の全てのものを地獄に、別の世界に引きずり込むつもりだったのだろう。

しかし、先に千尋が歌う事で――――後ろの正面が開いたのは、那衣の方だった。

「後ろの正面て‥‥」

「昔‥‥私が千尋に「振り返ってはならない」と告げた事を‥‥覚えている?」

油屋から元の世界に戻る時、ハクは千尋に「振り返ってはならない」と告げた。

あの事を言っているのだ。

「あれは未練を残してはならないという意味もあったけど、もう一つの意味があったんだ」


――――振り返る、つまり後ろの正面を見るという事は、今いる場所から転落する‥‥地獄に堕ちるという意味。

「あの時千尋が振り返っていたら‥‥生きたまま異世界に堕ちていたかもしれない。それくらい、振り返るというのは大切な事なんだよ」

そして

那衣は振り返ってしまった。


「那衣さんは‥‥地獄に?」

「分からない。でもきっと‥‥たぶんね」

「そう‥‥」

そこまで考えて、千尋は春日の気配が感じられない事に気がついた。

「ハク‥‥春日さんは?」

春日の事を聞かれて、ハクは沈んだ表情になった。

「‥‥わからない。たぶん‥‥那衣と共に巻き込まれてしまったか、それとも消えてしまったか。私にはもう知覚出来ない」

「‥‥‥‥‥」

千尋が黙ってしまったのが気になって、ハクは千尋を覗き込んだ。


優しい千尋には、那衣と春日を助けられなかった事が辛いのだろう。

ハクも哀しくない訳ではない―――けど、千尋が助かっている事が彼にとっては全て。

千尋さえ無事なら、誤解を恐れず言えば那衣と春日が死んでしまおうとハクには関係ない。

その事で千尋が傷つく事はわかっていても―――――これだけはどうしても譲れないハクの信念だった。



「‥‥‥春日さん‥‥那衣さんを助けたかったんだよね‥‥」

「‥‥‥‥千尋‥」

「ぅぅん‥‥ありがと、ハク。ハクは精一杯の事をしてくれたんだものね‥‥」

きゅ‥と服を握りしめてくる千尋の背を、ハクはただ優しく撫でつづけていた。








あの屋敷ではあれから不穏な事は起こらなくなった。

近々取り壊されるらしいという噂を聞きつけ、千尋はわざわざ電車を乗り継いで出かけた。

ハクにも言わず、ただ1人で。



あの森は切り開かれ、既にブルドーザーやショベルカーが入ってきており、辺りは騒々しい賑わいに包まれていた。

「‥‥‥‥‥‥」

工事のジャマにならないようにちょっと離れたところで、千尋はその様子を見ていた。




「千尋」

「わっ」

振り返るとハクが立っていた。

「ハク‥‥‥」

「様子を見に来たの?」

「うん‥‥那衣さんとか、春日さんの思い出が詰まったこの屋敷も‥‥つぶされるのね」

結局この屋敷は持ち主不在ということで市が買い上げ、自然公園として整備がされる予定になっているらしい。

「‥‥さ、行こう。ここにいると邪魔になる」

「‥‥そうね‥‥行こうか」

千尋の背を押して―――ハクはもう一度屋敷を見た。





おそらくは、千尋の目にも、そこにいる人間の誰も見えないのだろう。

しかし、ハクの目にはしっかりと見えていた。



春日の影が、あの屋敷を包み込むように覆い被さっているのを。







那衣はいなくなった。

けど。

春日の想いは浄化されてはいない。




「‥‥ハク?」

千尋の声にハクははっと視線を戻した。

「ぁ‥‥うん。今行くよ」



またここに戻る日が来るだろうか。

もし、その日が来たら、その時は――――――





ハクは今度は振り返らず、歩き出した。







END




やっと終わった〜〜(汗)。長くなりました。その割にはイマイチだしぃぃぃっ(汗)。ニガテなものに手を出しちゃいけませんなぁ‥‥いやこれもまた勉強?(^^; ラストは最初から「いや〜〜〜な気分」になるようにしたいなぁと思ってたので、不完全燃焼です。ほら、昔のホラー映画、13日の金●日とかもそうだけどラストってなんか謎残ったりとかでスッキリしないじゃないですか。あんな感じ出てればいいんですけど。




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