かごめかごめ
その15
『千尋さん!!』 春日の声で気がついた時には遅かった。 何処からともなく現れた光の矢のようなものが、千尋の頬をかすめる。 「きゃっ‥!」 つっ‥と頬が浅く切れて血が流れる。 しかし指で触った限りではそう大した傷ではない。 「大丈夫か、千尋!」 ハクが駆け寄って来て千尋の頬を撫でた。 「大丈夫‥‥大した事ないよ」 にこにこ微笑んでみせるが、ハクの表情はやわらがなかった。 むしろ―――怖くなっている。 「‥‥許さない」 ハクは千尋から手を離すと、どこかにいる筈の那衣を探して頭上を見上げた。 「だ、駄目よ、ハク!」 怒りに我を失いかけているハクに気がつき、千尋は慌ててハクの服を握った。 しかしその腕すらも振り払い、ハクは一気に宙へと身を躍らせた。 「ハク、駄目だよっ!!」 どうして思い出せないんだろう。 さっきまでは確かに覚えていた筈なのに。 「‥‥かごめ、かごめ‥‥」 文字を一文一句思い出すように口ずさむ。 「‥‥かごのなかのとりは‥‥いついつでやる」 今も聞こえる那衣の声に合わせるように、歌詞を歌う。 「‥‥?」 ハクは目を凝らした。 那衣の動きが微かに鈍くなったような気がする。 何かに心囚われているような―――― 「‥‥‥」 微かに歌声が聞こえる。 これは千尋のもの。 そして――――それに重なるように、女の声。 これは、那衣の声。 ‥‥かぁごめ かごめ‥‥ その歌が「つるとかめがすべった」の部分でリフレインしている事に、ハクも気がついた。 「‥‥! もしや!」 那衣が放って来た光を横飛びに避け、ハクは千尋に近寄った。 「は、ハク?」 「千尋、かごめの歌を覚えている!?」 「お、覚えてるけど‥‥最後の一文だけどうしても思い出せないの‥!」 やはり。 「千尋、もうすぐ夜明けだ‥‥そうしたら、かごめの最後の部分を歌って。私が教えるから」 「え、ど、どういうこと‥?」 「いいから。私が合図する」 『上に‥‥!!』 春日の声にハクははっと上を見、千尋をぎゅっとだきしめて片手を突き出し、迫ってきた光をはじき飛ばした。 「ハクっ‥‥」 「大丈夫‥‥あの那衣の歌に合わせて、口ずさんでいて」 何がどうなっているのか分からないまま、千尋は聞こえてくる那衣の歌に合わせて、かごめの歌を口ずさみ続けた。 ――――もう、終わり? 反撃はして来ないのかしら? 早くしないと‥‥夜明けの晩が来てしまうわよ? 那衣の言う通り、早くしないと夜が明けてしまう。 しかし、ハクは千尋をかばったまま動こうとしない。 ――――ハクには何か考えがあるんだ。 そうは思うものの‥‥。 「‥‥来た‥!」 霧に包まれた空間の向こうが、微かに白んで来たのが千尋にも見えた。 ――――夜明けの晩よ‥‥! 「千尋! うしろの正面だぁれ、だ!」 ハクの言葉に千尋はその言葉が「かごめかごめ」の最後の言葉であった事を思いだした。 「かごめかごめ‥かごのなかのとりは‥‥いついつでやる」 那衣が息をのむのがわかった。 「よあけのばんに‥つるとかめがすべった‥‥」 ―――――呪詛返し‥‥か! 「うしろのしょうめん、だあれ!!」 千尋が歌い終わった瞬間、あたりが光に包まれた。 「――――――!!!」 視覚も聴覚も感覚も、何もかもが白く染まるような強い光。 その中で、那衣が振り返るのだけが―――千尋の視界で知覚出来たこと。 それも光の中に消えて 千尋の感覚は白に染まった。 |