カテキョはつらいよ
その1

3000HIT キリ番作品






ハクは油屋の前でほぉ、と溜息をついた。

帳簿"だけ"を預かる身の筈が、何故か接待やら湯婆婆のプライベートな使いやら、色々と用事は多い。

今日ももう夜明け近くになってようやく仕事も終了。

いくらハクといえども過労で倒れてしまいそうだ。

今日はもう部屋で休む事が出来るだろう。

とりあえず、夢も見ずに泥のように眠ろう。

と些細な幸せをかみしめようとしていたハクは、戻ってきたとたんに父役から「湯婆婆様が来るようにと言っておられている」という伝言を聞いて、がっくりとうなだれた。

――――今日はもう、眠れないかもしれない。

育ち盛り(?)の少年にはかなりきつい労働であるのは間違いなかった。








最上階までやってきたハクは「入ります」と一声かけて部屋の中へと足を踏み入れた。

「あ、やっと帰ってきたー♪」

語尾に「るん♪」という擬音を乗せてハクを出迎えてくれたのは――――――

「ちっ‥千尋!?」

ハクの一番大切な人(それ以外はハッキリ言っていらないと言っても過言ではないほど大切)、千尋その人であった。





「‥‥‥なんですって?」
ハクのこめかみに青筋が浮かぶ。

「聞こえなかったのかぃ?」
湯婆婆のほうも不機嫌きわまりない物言いだ。

可哀想なのは千尋。
二人の間に挟まれて逃げる訳にも行かず、ただオロオロと二人を見比べるばかり。

「だから。千尋にはこれから坊の家庭教師をして貰う事にしたんだよ」

「それは湯婆婆のご意志ですか?」

一応敬語は使っているものの、まずい答え方でもしようものならこの部屋ごと破壊しまくりそうな雰囲気である。

「坊のたっての願いだよ。まぁあの子も勉強に興味を持ち始めたらしいし‥‥最初のあたりくらいなら千尋でも教えられるだろ」


"勉強"にではなくて"千尋"に、の間違いだろう。

勉強ならば他にも適任はいる。

なのに敢えて千尋を(しかも湯婆婆を通じて)指名してきたあたり、姑息だ(そういうハクもかなり姑息だが、それはとりあえず棚あげしておこう)

湯婆婆は千尋を坊に近づけるのをあまりよく思っていないらしいが、たっての坊の願いとあってはむげに断る訳にもいかないらしい。



ハクは今度は視線を千尋に向けた。

「そ、そりゃあ小学校1年生あたりなら教えられるし‥‥ちょっとお給金ももらえるんだったら、わたしとしてはありがたいかなぁーと」

この前お小遣い減らされたばっかりだし、と千尋はごにょごにょと付け足した。

千尋のほうにもこの話に飛びつく理由があったらしい。

「でも、私も学校とかあるし‥‥そんなには油屋には来られないし‥‥それでもいいなら、っていう条件はあるんだけど‥‥‥ダメ?」

千尋は上目遣いにハクを見上げた。

「とりあえずあんたに聞いてからにするって千尋が言うもんだからね。だからこうしてあんたが戻ってくるのを待ってたんだよ」

賢明だ。

今まで何かと面倒を見て優しく接し、細々とした気遣いをしてきた甲斐があった。

今の千尋の仕草を見ていても、完全にハクを頼り切り、信頼している様子がうかがえる。

この点で他のやつよりもハクが頭一つどころか二つ分以上リードしているといえるだろう。


「‥‥‥‥やっぱり、だめ‥‥かなぁ?」

千尋が「おねがい」といわんばかりにハクを見上げ、じっと見つめる。

あどけなく、誘うように(見えているのはハクだけだ)おねがいされて、ハクに断れる筈もない。

「‥‥‥しょうがない。千尋がそこまで言うのならば‥‥私に反対する事は出来ないよ」

ハクが溜息混じりに言うと、千尋はぱぁっと顔を輝かせ「ありがとう!!」と叫んでハクの首にかじりついた。

「わ、千尋っ‥‥」

驚きつつも、千尋の腰に手を回し抱きしめる事だけはしっかり忘れないハクであった。








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