カテキョはつらいよ
その2

3000HIT キリ番作品




今頃は、千尋と坊はあの部屋で勉強をしている筈だ。

そう思うと苛々して仕事が手につかない。

ハクは帳簿を書く手を何度も休め、上を見上げた。

「あの‥‥ハク様‥‥‥」

「なんだ」

不用意に話しかけ、間近でガンつけを食らった青蛙は「何でもありません」とすごすごと引き下がる。

ハクの周りだけ客も寄りつかず、異様な空間ができあがっている――――このままではちょっと、いやかなり仕事に支障が出るだろう。

「‥‥おい」

そんな空間をものともせずにハクに近づいていったのは、リンである。

怖い者知らずなリンは、ハクの今の状態も全然気にならないらしい。

「そんな顔してたら客が逃げるんだけど」

「生まれつきだ」

「そんなに千の事が気になるんなら見に行けばいいだろ。そこでガンつけしながら座ってられるよりゃよっぽどマシだ」

「―――――」

ぎりっと睨み付けるもリンは全く動じた様子もない。

「あー、今頃は坊と千は仲良くやってんのかねー。手をとりあったりしてたりしてなぁ。いくら千が色気のねぇ子供だっていっても、坊のほうは金も地位もあるし、コロッとなびく可能性だってないわけじゃねーよなー」

「‥‥‥!」

ハクはばさっと帳簿を閉じると、そのままずかずかと歩いていってしまった。

ハクの姿が見えなくなってしまった後、周りの従業員や客たちから拍手がわき起こる。

「いや、リン、よくやった!!」

「リンさまさまだよー」

当のリンはあきれ顔。

「おまえらな‥‥‥オレはハクの目付役じゃねぇんだぞ!! あんくらいさばけないでどーすんだ!!!」

それは、リンが怖いもの知らずだからこそ言える言葉であった。







坊の部屋は湯婆婆の隣にある。

その一角で―――――――


「ほら、違うでしょ坊。もう一度やるからよく見てなさいよ」

千尋は坊の兵隊の人形を取り出すとそれを机の上に並べた。

その前では坊がうーんうーんとうなっている。

「ここに人形がひとつあるでしょ。そこにこっちの人形を並べたら、ほら、いくつになる?」

机の上に並べられた兵隊の人形を指で数えていく坊を、千尋はじっと見つめていた。

「ええと‥‥いつつ‥‥」

「そう! だから、こっちの問題はね‥‥‥」

なかなかの家庭教師ぶりである。


そうやって何問解いただろうか。

「‥‥坊は疲れたぞ。一休みしたいぞ!」

坊がそう言い出して時計を見ると、すでにもう2時間は勉強をしていた事に千尋は気がついた。

「もうこんな時間。じゃあ少し休もうか」

「坊と遊ぼう!」

「だーめ。今日は私は先生として呼ばれてるんだからね。ちょっと休んだらすぐに勉強再開するよ?」

お金を貰って働いているのだから、それなりの事はしないと後で湯婆婆が怖い。

遊びたいのはやまやまだったが、千尋はぐっと我慢して坊に諭すように言い聞かせた。

「やだやだやだやだ! 千と遊ぶんだ〜〜〜!!!」

あれから少しは小さくなったとはいえ、坊はまだ巨大サイズ。

その巨体で暴れられたら千尋はひとたまりもない。

「わ、わ、わかったから暴れないで!! ちょっとだけよ‥‥?」

そのとたん坊はけろっとして千尋の腕を引っ張った。

「こっちで坊と遊ぼう!」

「いたい、いたい。引っ張らなくても行くってば‥‥‥」

坊がいつも寝泊まりするであろう寝室に引っ張られていった千尋は、大きいクッションの上にちょこんと座らされた。

「‥‥それで、何して遊ぶの?」

「色々あるぞ! ぬいぐるみもあるし、ゲームもあるぞ!」

坊はあちこちからおもちゃを持ってきては千尋の前に並べていく。

どれも千尋から見れば少し幼稚っぽいものばかりで、とりたてて興味を惹かれるものはない。

「私はどれでもいいよ。坊がしたい事をやろ?」

したいこと、と言われたとたんに坊がぴくっと動きを止めた。

何か変な事を言っただろうか?

「坊‥‥‥したい事がある」

なんだ、したい事を思いついたのか―――と千尋は安堵して、坊に笑いかけた。

「したい事あるの? だったらそれをしようよ」

「千が手伝ってくれなきゃ出来ない‥‥‥」

「手伝うよ? 私に出来る事なら何でも」

千尋のその言葉を待っていたかのように、坊はその手でがっと千尋の肩をつかんだ。

少し小さくなったとはいえど、坊は千尋の実に2倍以上はある。

当然力も千尋以上にある。

「いた、いたたた‥‥坊、もっと優しく触って。痛いってば‥‥」

「千、ハクときすしただろ?」

そのとたん、千尋はカチンと固まった。

まさか

まさか坊からそんな言葉を聞くとは思わなかったのだ。

「坊も、千ときすしたい」

呆然としている千尋に、さらに坊の言葉が追い打ちをかける。







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