カテキョはつらいよ
その3

3000HIT キリ番作品



きす

キス

接吻


そんな言葉ばかりが千尋の頭の中をぐるぐるまわる

確かに口付けはされたがそれは額への軽いもので、そんな「きす」という名前がつくほどのものでもない。

暫く思考能力が止まっていた千尋は、坊の顔が近づいてくるのに気がついて悲鳴をあげた。

「ち、ち、ち、ちょっと、ちょっと待って坊っ!! まだ、まだ早すぎるってばっ!!!」

「ハクとはきすできても坊とは出来ないっていうのかぁぁぁ」

「そーゆー問題じゃなくって、落ち着きなさい、坊!!」

何とか坊の腕を振りきって逃げようとするが、離れる寸前足をつかまれてべちょっと床に見事に転がってしまう。

「ハクばっかりずるい。坊もするんだっ!!」

「待ちなさいってば〜〜〜〜!!!」

じたばた暴れるが、坊の力にかなう筈もなく千尋は押さえつけられてしまった。

「やっ‥‥ちょ、やめてっ、坊ってばっ!!」

抱きすくめられてもじたばたと暴れるが、所詮は子供の力でびくともしない。

「坊のやりたい事させてくれるって言ったぞ、千は!」

「それとこれとは別っっ!!!」

千尋も夢見る女の子。

ファーストキスはもっとムード溢れる雰囲気たっぷりのところで、なんていう乙女らしい夢を持っている。

こんな情けない状態でとられてしまうのだけは絶対に嫌だ!!

「きゃ――――っ、やめてってば――――!!!」





次の瞬間

千尋は体がふわり、と浮き上がるような感覚にとらわれた。

そして、力強く誰かに抱きしめられる感触。

「‥‥‥‥坊‥‥お戯れもいい加減にして頂きませんと‥‥」

上から聞こえるひく――――――い声にはっと上を見る。

「は、ハク!」

ハクが千尋を抱きしめていた。

「‥‥当然、覚悟はなさってますでしょうね‥‥?」

直接怒りを向けられていない千尋ですら、今のハクの声は冷や汗が滝のように流れ出るほど怖い。

「あ、あの‥‥ハク?」

ハクは千尋にちらっと視線を向けると、優しく微笑んだ。

「ちょっと待っておいで、千尋。すぐに終わるから」

すぐに終わるからって、あの。

何をする気なんでしょう?

という言葉は今のハクにはとても聞けない。

怖すぎる。

その証拠に、微笑んでいても目は全然笑ってなかった。

マジだ。



千尋をとられてしまった坊はじだんだを踏んで悔しがっている。

「ずるい、ずるい、ずるいずるい!! ハクばっかり!! 坊もきすするんだ!!」

ぴくっ、とハクのこめかみに青筋が浮かぶ。

「‥‥申しわけありませんが、彼女にはすでに予約が入ってますので」

そう言うが早いか、ハクは片手で千尋を抱きしめたまま空いている手で光球を作り出し、それを坊に向けて放った。



ドゥゥゥン!! という轟音とともに、爆風が部屋の中のものを飛び散らす。


「きゃぁぁぁ!!」

千尋はそこにいるのが原因を作り出した本人というのも忘れて、ハクにしがみついた。

おそるおそる目をあけると――――そこにはがれきの山。

「ぼ、坊っ!! 坊、大丈夫!?」

慌ててがれきの山に近づこうとした千尋は、ハクによって腰に腕を回され、再び引き寄せられた。

「大丈夫。坊はあのくらいじゃ死にゃしない」

「でもっ」

「ほら」

ハクが指さしたほうを見ると、がれきの間からちょろちょろっとネズミが出てくるのが見えた。

どうやらとっさにネズミに変身して難を逃れたらしい。

「良かったぁ‥‥」

と、ハクが千尋から手を離した。

何をするのかと千尋が目を丸くしてハクの様子を見守っていると。

ハクは逃げ回る坊ネズミのしっぽをだん!と足で踏んづけた。

じたばたじたばたしている坊ネズミをつまみあげる。

そしてそのまま窓に向かうと、ハクはそのまま坊ネズミを外にぽいっと投げ捨ててしまった。

「きゃ―――――っ!! 坊っ!!!」

千尋が血相を変えて窓に飛びつくも、もう坊ネズミの姿は何処にも見えなかった。

「これでいい」

「これでいい、じゃないよハク!! 坊が、坊が死んじゃうっ!!」

「大丈夫。加減して投げたから」

「そういう問題じゃなくって―――!!」

目を潤ませて訴える千尋に、ハクは大丈夫と極上の微笑みを浮かべた。

「坊はあれでも魔法をたしなんでいる。湯婆婆の子でもあるのだから、こういう事態にも慣れている」

慣れさせたのはハクだろうというツッコミはおいておこう。

「そう‥‥なの?」

ハクに婉然と微笑まれると、千尋はそれ以上反論出来なくなる。

「だから、安心おし‥‥それよりも、体は? 変な事はされなかった?」

ハクとしてはそっちのほうが気になる。

とりあえずキスは未然に防いだとしても、変なところを触られたりしている可能性はある。

心境としては触って確かめたいところだが、坊の二の舞になっては今までの信頼が水の泡。

なのであくまでも紳士的に、かつしつこく千尋に問いただす事にする。

そんなハクの計算を、幼い千尋が気づく筈もない。

「うん、大丈夫‥‥‥ちょっとびっくりしただけ。変な事はされてないよ?」

「そうか、それなら良かった」

ハクはそっと千尋を抱き寄せる。

ちょっと驚いたような顔をしていた千尋だったが、やがておずおずとハクに頭をもたれかけさせる。

「あの‥‥ハク」

「?」

「‥‥ありがとう」

恥ずかしそうに告げる千尋に、ハクは優しく笑いかけ――――そっと顔を近づけていく――――






「ハクぅぅぅぅぅっ!!!!!」


あわや、というところで聞こえた絶叫に、千尋がはっと振り返る。

「坊!?」

もう少し、というところでお預けをくらってしまったハクは、その声の主をぎらっとにらみ付けた。

「許さないぞぉぉぉっハクぅぅっ!!!!」

なんと、ここまではい上がってきたらしい坊は傷だらけ。

だがやる気満々の戦闘態勢に突入しているのは傍目から見てもよく分かる。

「‥‥‥千尋」

「は、はい?」

ハクはすっと扉を指し示した。

「リンが下で困ってるみたいだから、行って手伝ってあげてくれるだろうか?」

一応お願いの言葉はとっているが、どう見てもそれは命令。

その命令に逆らう事は、千尋には出来なかった。

逆らったら千尋といえどもきっと無事ではすまない。

そんな気迫がハクからは感じられた(そりゃせっかくの千尋のファーストキスを頂こうという時に邪魔されたのだから気持ちはよくわかる)。

「わ、わかった‥‥‥‥あ、あの‥‥」

「なに?」

「あんまり‥‥ひどい事、しないでね」

おずおずと言う千尋に、ハクはしっかりと頷きを返した。

それに少し安心しつつも、千尋は後ろ髪をひかれるような心地でそっと湯婆婆の部屋を後にしたのだった。







千尋の気配が遠ざかっていくのを確認して、ハクは一気に仮面を脱ぎ捨てるかのごとく表情を一変させた。

「―――――さて‥‥どう料理してやろうか‥‥?」

邪悪といっても差し支えない微笑みを浮かべて近づくハクに、坊は一瞬喧嘩を売った事を後悔したとかしないとか。

腐っても神様。

神様を怒らせるとどうなるか――――というのを身をもって知った坊であった。

それが、たとえ理不尽な原因であるとしても。







その後、千尋は家庭教師の任を免除され、再びリンの元でバイトとして働くようになったらしい。

当然、裏でハクの暗躍があったらしいことは、公然の秘密とされている。

今や、千尋はある意味「油屋の運命を握る女」として油屋の面々から一目おかれるようになった。


その後起こった話については、また別の機会。






END

3000HIT記念作品です。壊れたブラックよりなハク様をご希望ということで‥‥壊れた(謎)ハク様は調子のってる時にが―――っと書かないとうまく動いてくれないので勢いに任せて書き上げてしまいました(^^; 今回のターゲットは坊(爆)。坊は前回もネズミとりに引っかかったりと散々でしたが、今回はもっと散々です(笑)。とりあえずハク様の最初の狙いは千尋のファーストキスに決定らしい(爆)。




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