風邪の功名
その1

9000HIT キリ番作品






「‥‥39度2分」

水銀の体温計を見て、リンが溜息混じりに呟いた。

「うそー‥‥そんなにあるのぅ‥‥」

千尋は真っ赤な顔で布団にくるまりつつ、リンを見上げた。

「あるねぇ。こんなにあったら起きあがれないだろ」

「うー‥‥‥」

うめきつつ起きあがった千尋は、ちょっと頭をおこしただけで目を眩ませて再びぐったりと横たわった。

「ほら。起きあがる事も出来ないのに仕事は無理だな」

「‥‥しごと、どうしよう‥‥」

「しゃーねーな。他の奴らで何とかするさ」

「‥‥ごめんねぇ、リンさん‥‥」

泣きそうな声で呟く千尋の髪を、リンはそっと撫でた。

「まぁここのところ忙しく働いてたからな。今日はゆっくり休めよ。後で何かメシ持ってきてやるからな」

「うん‥‥」

リンが出ていくのを見送って、千尋ははぁ‥‥と息をついた。



川に落ちても風邪ひとつひかなかったのに。

油屋で暫く働くうちに疲れが出たのか、熱を出してしまった。

しかも9度を超える高熱の為にこうやって寝ていても頭がクラクラする。

「今日一日寝ていたら良くなるかなぁ‥‥」

他の皆は仕事に出てしまった為に、ここで寝ているのは千尋1人である。


‥‥‥‥‥さみしい。

体調が良くない為に精神的にももろくなってしまったのか、千尋はだんだんと悲しくなってしくしく嗚咽し始めた。

‥‥‥誰でもいいからそばにいて欲しいなぁ‥‥

この油屋でそんな事が許されないのは千尋もわかっている。

働かないものは豚にされてしまう油屋で、わざわざ仕事を休んで看病してくれる者などいやしない。

そうやってしくしく泣いているうちに、千尋はいつの間にか眠りに引き込まれていた。







「リン」

リンは呼び止められて露骨に嫌そうな顔をした。

「なんだよ、ハク。オレぁ忙しいんだよ。用件なら早く言え」

呼び止めたハクの方も不機嫌そうな顔。

周りは二人の喧嘩が始まるのかとドキドキハラハラしつつ遠巻きに眺めている。

「千尋の姿が見えないようだがどうした?」

ほぉらやっぱし、千の事だ。

リンは心の中で毒づくとモップを肩にかついだ。

「千なら今日は寝込んでるぜ。熱出しててとても起きあがれねぇんだ。千の分はオレがやっとくから、湯婆婆が来たらそう伝えといてくれ」

「‥‥千尋が?」

いつも不敵で不遜な態度しか見せた事のないハクが、珍しく心配そうな表情をしている。

「ああ。まぁ仕事終わったらメシ持ってってやるといっといたから今頃はおとなしく寝てるさ」

「‥‥‥そうか」

ハクはなにやら考え込むそぶりを見せつつ、歩き去っていく。

リンはぽりぽりと頭をかいていたが、やがて自分の持ち場へと戻っていった。