文明の利器

2000HIT キリ番作品





「じゃーん!! 見て、ハク!!」

油屋内のながーい廊下での話。

ハクはまさに仕事場に向かおうとしていた時に千尋に呼び止められた。

千尋は今夏休みというのもあって油屋にバイトに来ている。

会える時間は少ないが、同じ場所にいるというのは安心感に繋がる。

のでハクはそれなりに今の状況を楽しんでいたのだが‥‥‥

「‥‥それは?」

千尋が嬉しそうにハクに見せたのは、銀色に光る細長いもの。

ハクが見たこともない不思議なものだった。

「携帯、おとーさんに買って貰っちゃったんだ!! これがあれば何処ででも連絡つくからって!!」

ここだと電波届かないと思ってたら、なんとアンテナたってるんだよ〜すごいよねぇと千尋は興奮ぎみにハクに語る。

が、ハクにはデンパだのアンテナだの言われてもさっぱり理解できない。

そんなものは必要ない世界に生きていたため、ちょっぴり、いやかなり時代錯誤な彼である。

「で‥‥‥そのケイタイとやらでどうやって連絡をとるんだ?」

「んとね、電話がかかってくるとね‥‥‥こんな音が出て教えてくれるの」

千尋はなにやらたくさんついているボタンを器用に操作していたが――――――




ぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろ‥‥‥‥




千尋のもっているそれからいきなりマヌケな大音響が流れ出し、ハクはびっくりして2メートルほど後ずさってしまった。

「あ、ゴメン。音大きかったね」

ぽちっと音を消して、千尋は苦笑しながらハクにおいでおいでを繰り返す。

「ち、千尋! なんなんだそれは!! 面妖な音が出ているぞ!!!」

「大丈夫だよ〜〜音がなるだけで悪さはしないから」

しかしその音ですっかり怖じ気づいてしまったらしいハクは、柱に半分隠れたままそれ以上千尋に近づこうとしない。

「もう。ハクがそんなに恐がりだとは思わなかったよ?」

ぐさ。

ハクはちょっと傷ついて仕方なく柱から出てきた。

「と、ともかく‥‥仕事中にその音を鳴らさないように‥‥」

「うん、わかってるって! それでね、ハクにも携帯持って貰いたいの! そしたらいつだって話出来るでしょ?」

自分がそのおそろしいものを持つというのか。

その状況を想像しきれず、くらっと立ちくらみさえ覚えるハクであった。






そして、それはすぐに実行される事となる。

「はいっv」

語尾にハートマークたっぷりで渡されたものに、ハクはびびりまくっていた。

「ち、ち、ち、ちひろっ、こ、これはっ‥」

「プレゼント。お父さん誤魔化すの大変だったんだから」

ハクの手にしっかりと携帯を握らせる。

「これでいつでも連絡とれるねっ」

千尋は嬉々としてハクに操作の方法を教え始めた。

「通話はね、ここ。切るのはこっち。後電話帳はね‥‥」

携帯をもつ、という段階で思考回路がとまっていたハクは、立て板に水のような千尋の言葉を「ちょ、ちょっと待って!」と何とか押しとどめた。

「どうしたの?」

「わ、私はやはりこれは‥‥‥」

持ちたくない、という言葉を言いかけてハクはうっとつまった。

千尋が泣きそうだ。

「‥‥‥いや‥‥?」

「いやあの、嫌だという訳じゃなくて、その」

「なら持ってて‥‥‥わたし‥‥ハクといつでも一緒にいたいの‥‥」

女にここまで言わせておいて、断っては男がすたる。

「‥‥‥‥わかった‥‥わかったから、泣かないでおくれ、千尋‥‥」

ハクのほうが泣きたい心境だったがそれをぐっと堪え、反対に明るくなった千尋は嬉々として説明を続けたのだった。






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