禁句
その1







「ただいまーっ」

白い竜からぴょんっと飛び降りた千尋は出迎えに来たリンに手を振った。

「よっ、お帰りっ! また頼むぞ、千!」

「うんっ!!」

千尋はうれしさのあまりにか、リンに飛びついてすりすりと懐きまくっている。

人の姿に戻ったハクにはそれが面白くない。



再び湯屋で働く為に戻って来る千尋を迎えに行く役目は一体だれかというので一悶着。

坊が行きたい行きたいと叫ぶのを半分脅して黙らせ、もぎ取ったのは確かに自分。

だが、どう考えても自分の立場はいわゆるアッシー君(古)でしかないではないか。

出迎えに出てきただけのリンの方が喜ばれているような気がしてムカつく。



「疲れただろ? 甘いモンでも食べるか?」

「食べる食べる!!」

きゃっきゃっと騒ぐ女二人を見ながら、ハクはついつい禁句を口にしてしまっていた。


「―――――千尋。あんまり食べ過ぎると太るよ」



ぴきーん。

まるでロボットのような動きで千尋は振り返った。

「‥‥も、もしかして‥‥重かった‥‥??」

よせばいいのに、確認の言葉にハクはこっくりと頷いてみせたのだった。







その日から、油屋の廊下をぱたぱたと走り回る千尋の姿が見られるようになった。











そして一週間ほどたった。

「ハク〜〜〜〜〜‥‥!!!」

リンがずかずかと恐ろしい顔で近づいて来る。

帳簿をめくっていたハクは何事かとリンを見つめた。

「なんだ、リン」

「おまえ、千が今どういう状態か知ってんだろうな!?」

「千が?」

ハクはここのところ油屋にいない事が多かった為に、千尋の事は全然耳に入って来ていなかった。

だからきょとんとリンを見つめ返したのだが。

リンは知っていてはぐらかしているととったらしく、ハクの胸ぐらをつかんだ。

「早くやめさせないと、死ぬぞ!!!」




一週間。

千尋はひたすらダイエットに励んでいたらしい。

運動は毎日湯屋で働いているのでいいとして。

食べるものも極力減らして、一日何も食べない日もあったほどだ。

一昨日はついに貧血を起こしてぶっ倒れたのだが、根性で起きあがって仕事を続けた。

そして釜爺のところに行っては薬草を色々教わり、それを煎じて飲んだりもしている。




「おまえのあの一言が効いてるんだぞ。何とかしろよ! おまえが言わなきゃ絶対にやめないぞあいつ!」

リンから一部始終を聞き終わり、さすがにハクもさぁっと青ざめた。

そこまで千尋があの一言に思い詰めていたとは。

「千は?」

「仕事終わった後は庭走ってくるってさ。あんだけ動いてて‥‥あ、こら、ハク! 人の話の途中で!!」

その言葉を皆まで聞かず、ハクは心持ち急ぎ足で庭へと歩いていった。






「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥」

千尋はしゃがみ込んでぜぃぜぃと息をついていた。

さっきから結構走っているのに汗が出てこない。

水分が足りなくなっているのだという事は分かっていたが、「水太り」なんて言葉が頭をよぎる為に、水分も必要最低限以外はとらないようにしていた。

朝お椀に半分ほどのご飯をたくわんをおかずに食べた。

後釜爺のところにいって薬草を煎じた薬湯を飲んだ。

水をコップ一杯くらい飲んだ。

それで今日の栄養摂取は終わりである。

心なし、おなかまわりの肉は落ちた気がする。

「‥‥き、今日は体重計乗ってみようかなぁ‥‥」

一昨日体重計に乗った時には2kg減っていた。

計算ではそれよりも1kg減ってなければならない。

「‥‥もう一周」

ふらふらと立ち上がった千尋の体を、後ろから誰かが支えた。

「こんなにフラフラになって‥‥」

ハクが千尋を支えていた。

「ハク‥‥‥?」

「ご飯も殆ど食べずに動き回っていたら駄目だ。何か食べなさい」

「でも‥‥」

「これは命令だ。余り物が残っている筈だから、とにかく何か口にしないと」

ハクは千尋をひょいと抱き上げた。

そして。

千尋に違和感を感じ、ハクはまじまじと千尋を穴があくほど見つめてしまった。

「な‥‥なに?」

軽い。

前に抱き上げた時よりも4kgは減っているだろう。

「‥‥千尋‥‥軽くなってる」

「えっ!?」

千尋の目がきらきら輝きだしたのに、ハクはしまったと舌打ちした。

「軽い!? 軽くなってる!!? きゃあ、頑張った甲斐があったわっ!!」

「いや、千尋。そうじゃなくて‥‥」

「頑張らなきゃ!! あ、ハク、下ろして下ろして」

「千尋‥‥私が言いたいのはそうじゃなくて‥‥」

「頑張るからねっ! 目指せ40!!!」

自力でハクの腕から下りた千尋は喜び勇んで走っていってしまった。

後に残されるは、自分がまたもや禁句を言ってしまった事に呆然とするハクのみであった。








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