I want to know


180000キリ番作品







「コハク―――――っ!」

甲高い子供の声が湯屋内に響き渡る。

その声に千尋は聞き覚えがあった。

「!?」

はっと階段から身を乗り出して下を見る。

吹き抜けの階下で、ハクに一人の女の子が飛びついているのが見えた。

美しい黒髪を一つに束ね、そこには金色の髪飾りが煌めいている。

まだ7歳くらいの美少女だが、その体内には凄まじい力を秘めている。

「――――ミズハ…さま?」

間違いない、ミズハだ。

罔象女神(ミズハノメノカミ)。

水や川を司る女神で、伊邪那美命(イザナミノミコト)の娘。

川や海が人間によって汚されてしまった為に力を失い、その結果体も精神も退化した為、幼い子供の姿をとっているが、元々は妙齢の美しい女性神だ。

と言っても、千尋はその妙齢の時のミズハを見た事がないのだが。

そのミズハがハクのところにいる。

「………何で?」

という疑問をとばしつつ、千尋は遥か階下で見えるその光景を見つめていたのだった。






どやどやとハクの周りに人が集まってくる。

ミズハはハクに抱きついたまま動こうとしなかった。

「ミズハ様、いい加減に離れてくださらないと………身動きがとれません」

「嫌じゃ。ミズハの相手をするのじゃ」

「ミズハ様……おかあさまが心配をなさっておられるのではありませんか? 幾ら来た処がある場所とはいえ、今のミズハ様は幼くなっておいでです」

「ミズハは元々は大人じゃ。今は訳あって幼ぅなっておるが……一人でコハクに会いに来たところで何も問題はない!」

そういう発想をするあたりで既に子供だという事に気がついていないのだろう。

ハクは溜息をついた。

「………湯婆婆さまにここに来るよう伝えてくれ。私では手に負えない」

ハクの言葉に兄役が頷いて、慌てて湯婆婆に連絡をとりに走っていく。

その間もミズハはずっとハクにしがみついたままだった。





上から見ていて一向に野次馬は減らない。

ミズハはハクにしがみついたまま。

ちらちらと気にしつつも階段の掃除をしていた千尋は、ついにガマンの限度を超えて様子を見に降りてきた。

「あ、リンさん」

リンも様子を見に来ていた。

こいこい、と手招きして、千尋の為に場所を譲ってくれる。

「ミズハが何かずっと我が侭言ってんだよ。ハクと一緒にいたいだの、離れたくないだの………全く我が侭なお子さまだぜ」

一緒にいたい。

離れたくない。

その言葉だけ聞いたら立派な誘いの言葉である。

千尋はおそるおそる、皆の間から輪の中心の様子をのぞいてみた。



「……では仕方ありませんねェ…伊邪那美さまが来られるまでの間、ですよ。明日には来られるとの事ですから……」

湯婆婆にそう言われるとミズハもそれ以上は抗えない様子で、小さく「分かった」と頷いた。

母親である伊邪那美命の名を出されるとどうしようもなくなるらしい。

「ハク、それまではミズハ様の事を頼んだよ。今日のハクの分の仕事は、おまえがやりな」

父役にそう言いつけ、湯婆婆は野次馬に「さっさと仕事に戻りな!」と怒鳴りつけてから去っていく。

三々五々従業員たちが去りだしても、千尋はその場を動けなかった。

「千」

ハクが気がついて千尋に視線を向ける。

ミズハも気がついてあからさまに眉をひそめた。

「何か、用?」

「えっ」

用、と言われるととりたてて用がある訳でもなく、千尋は言いよどんでしまった。

「と、特には………」

「そう。じゃあ私は今日は忙しいから……ミズハ様のお相手をしなくてはならないんだよ。話があるなら明日以降にしておくれ」

お客様だから当然なのだが―――――千尋には、その言葉が「千尋よりもミズハさまの方をとるから」という通告にも聞こえて仕方なかった。

黙ったままの千尋の横を通り過ぎる時、ミズハがちらっと千尋の方を見たのだが、千尋がそれに気づく筈もなかった。







その日一日、ハクは皆の前に姿を現さなかった。

「……………」

いつもは煩い程に言葉をかけてくるハクが、ぴたりと近寄らなくなってしまったのは寂しい。

そしてその隣にミズハがいるであろう事が分かっているから、不安。

「……ミズハ様はまだ子供だし……いくら本当は妙齢の女神さまだとはいっても………そんな事ある筈ないし」

と自分で自分を叱咤激励してみるものの、空元気に終わってしまう。

「あんなガキんちょに手を出したらロリコンだよな、ハク……」

「リンさんっ」

元気づけようとしてかリンが話しかけてくるのも、カチンと来てしまう。

つい声を荒立てた後、千尋は慌てて謝った。

「ごめんなさい……リンさんが悪い訳じゃないのに」

「いんや。幾ら子供とはいえどホントの子供じゃねぇからなぁ………やっぱ気になる女心ってヤツか?」

「うん………」

いつもならからかってくるリンの言葉に噛みつくのに、千尋はしょんぼりとうなだれてしまった。

よほどショックならしい。

元々面倒見が良いリンのこと。

ハクは嫌いだが妹分の千尋の元気がないのは自分も悲しいのだ。

「…ここでしょんぼりしてるよりも、自分からアタックしてみたらどうだ? 幾らミズハでも夜遅くまでは起きてらんねぇだろうからさ。その頃を見計らってハクに会いに行くんだよ。ヤツと話をしなきゃその不安はなくならないんだからさ」

「………うん、そうね」

千尋の性格は元々前向きで、いつまでも落ち込んでいるタイプではない。

リンからそう言われてラクになったのか、ようやく笑顔が戻って来た。

「私、仕事が終わったらハクのところに行ってみるね」

「ああ、頑張れよ」

さっきとはうってかわって元気よく仕事を始めた千尋を見つめるリンの瞳は、とても優しかった。










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