恋の花咲く乙女の試練
その2

49000HIT キリ番作品







「え?」

昨日の荒っぽい所行の名残に顔をしかめつつ、千尋は今言われた事が理解出来ず問い直した。

「聞いてなかったのかぃ‥‥。昨日からお泊まりの上客がおまえをご指名だ。着替えてすぐに向かうように」

「わ、私が‥‥ですか?」

聞き直した千尋にうるさそうに「そうだ」と返し、父役は去っていってしまった。



きっと、あの「咲耶」と呼ばれた女性客が千尋を呼んだのだろう。

しかしなぜ?

頭にハテナをとばしながら、千尋は言われる通りに部屋へと歩いていった。



「失礼致します。千でございます‥‥」

そう挨拶してふすまをあけた千尋は、中の様子にそのまま固まった。

部屋の中心にはあの女性客‥‥咲耶がいて。

その周りには侍女と思われる女性たちが控えている。

そして

咲耶のすぐ横にハクがいた。


咲耶がなんか艶めかしいと思うのは気のせいだろうか。

隣にいるハクが、とても腹立たしい。

―――――昨日、私にあんな事しといて‥‥いくらお客さまだからってっ。

筋違いの八つ当たりだとわかっていても、ついついそんな事を考えてしまい―――千尋は自分の考えを隠すかのように深々と頭を下げた。

「お呼びと聞きましたが‥‥」

「おお、そなたが人間の子か。千‥‥というのか」

咲耶は上機嫌に千尋に話しかける。

「妾の名は咲耶。木花咲耶姫命(コノハナサクヤノヒメノミコト)じゃ」

その長い名前から「あ、神様なんだな」というのが理解出来たが、当然千尋にそれ以上の事は理解出来ていない。

それがハクには分かったらしく、そっとこちらによってきて千尋の耳に耳打ちした。

「咲耶姫は日本の山の総神である大山祗神(オオヤマヅミノカミ)の娘で、山と火、そして酒を司る女神なんだよ。富士山を守護する神とも言われていて、浅間神社に奉られている神の一人だ」

「‥‥‥ふうん」

それでもあまりピンと来ていないらしい千尋に、ハクは「また後で説明するから‥‥」とがっくりと脱力した様子で再び咲耶のところに戻っていった。

「そなたとは色々と話をしてみたかったのじゃ。人間とこうして話す機会は今の世ではなかなかないからの」

「は、はぁ‥‥そうなのですか‥‥」

千尋としてはそう答えるしかなく、ただただ咲耶の機嫌を損ねないようにとだけ思いつつ辻褄を合わせていく。

その千尋の頑張りの甲斐あってか、咲耶の機嫌はすこぶる良かった。








「妾は湯を浴びに行くゆえ、そなたらはここで待ちゃれ」

いきなり咲耶はそう言って立ち上がると、続いて立とうとしたハクに目配せした。

「そちは妾の侍女たちの相手を。妾の付き添いは千のみで十分じゃ」

「‥‥咲耶様」

ハクがとがめるような言葉をかけた。

「琥珀が妾の相手をしたいというのであれば止めはせぬぞ」

「‥‥‥咲耶様、お戯れを」

「妾は本気ぞ?」

その言葉の意味を知りかぁぁっと赤くなる千尋と、対照的にため息をつくハク。

その二人を見比べ、咲耶は笑い声をたてた。

「うぶな娘じゃ。気に入ったぞ‥‥‥さ、ついてきやれ」

さっさと歩き出す咲耶に、千尋は慌てて走り出した。

もちろん、部屋を出る時にぺこっとお辞儀をするのは忘れずに。







特別にあてがわれた湯殿で、咲耶はのんびりと湯につかっていた。

「お湯加減はいかがですか?」

「ちょうど良い加減じゃ」

中の湯は白く濁っている。

肌を白くする為の薬湯なのだという。

きっと湯婆婆からの命令で、釜爺がずいぶんと奮発したのだろう。

「体を洗うのを手伝ぅてはくれぬか」

湯から上がってきた咲耶に、千尋は一瞬目を奪われて――――慌てて「はいっ」と返事をした。



完璧な美というのが存在するとすれば、きっと目の前の咲耶姫のような事を言うのだろう。

同じ同性でありながら――――なんかドキドキしてしまう。

千尋は背を向けた咲耶におそるおそる近づいて、背をすり始めた。

「もっと強うしてもよいぞ」

「は、はいっ」

言われるままに少し強く背をこする。

「‥‥そなた、琥珀の想い人じゃというのは真か?」

いきなりの言葉に、千尋は思わず近くにあった桶をけっ飛ばしてしまった。

派手な音をたてて桶が転がっていく。

「あああああ、す、す、すみませんっっっ」

桶を追っかける千尋の姿に咲耶はしばし呆然としていたが、やがてくっくっと笑い始めた。

「なるほど‥‥琥珀が気に入るのも無理はないかもしれぬのぅ‥‥面白い娘じゃ」

妾を目の前にしても全く物怖じする様子もないしのぅ。

そう呟く咲耶の言葉は、千尋には届かない。

ようやく桶を拾って戻って来た千尋は、再び咲耶の背中を優しくすりはじめた。

「しかし‥‥大変なようじゃの。琥珀はまだ幼いとはいえど、気位だけは立派な竜神じゃからのぅ‥‥あの執着ぶりは並々ならぬものがありそうじゃ」

「ははは‥‥」

この件に関しては笑ってごまかすしか出来ない。

下手に答えて再びハクにお仕置きされる状態だけは避けたい。

「他に何も執着をしなかった分、一気にそなたに執着をしているようだ。人の身にそれが耐えられるか?」

笑ってごまかしてしまおうと思っていた千尋は、こちらを見た咲耶の表情がまじめなのに気づいて、表情を引き締めた。

「‥‥わかりません」

それが千尋の正直な答えだった。

「でも‥‥私は、ハクが好きです‥‥それだけは変わりない。少なくとも今は‥‥」

有限の時を生きる千尋と、無限ともいえる時を生きるハクと。

その間にある色んな違いを克服するには、お互いにまだまだ幼いのだろう。

それを「あたたかく見守ろう」ではなく「引っかき回してやろう」と思うあたりが「神」である。

咲耶は唇をふっ‥と笑みの形にゆがめた。





部屋に戻る咲耶を案内しようとした千尋は、その咲耶自身によって足を止められた。

「ここからは妾一人で戻れるゆえ、千は元の持ち場に戻ってよいぞ」

「え‥‥ですが」

「この湯屋は何度も利用しておる。帰り道くらい分かるゆえ、そなたは戻りゃ」

命令口調で言われると、千尋としてはそれ以上抗う事も出来ない。

「は、はい‥‥それではここで、失礼致します」

そう頭を下げて戻りかけた千尋は―――――やっぱり気になって振り返った。




意地悪されても

ひどい事されても

やっぱりハクが好き


いくらハクが「大丈夫」と言っても

ハクの事を信用しているとしても

あの魅力的な咲耶を見てしまったら―――――


元々自分に自信がない千尋のささやかな自尊心など、風前の灯火同然だった。






再びこそこそこそこそっと部屋をのぞきに向かう。

我ながら情けないと思いつつも乙女心は止められない。

そして再びそーっと障子をあけて‥‥中をうかがう。


中では、宴会が繰り広げられているようだった。

咲耶の侍女たちの殆どは酔っぱらってその場で眠り込んでいる有様。

まともに起きているのは咲耶とハクのみ。



――――そういえば、咲耶姫は酒の神とも言ってたっけ‥‥。


酒の神ならば酒に強いのは当たり前か。

そう納得して千尋はもっと二人の様子をよく見ようとちょっとだけ体を傾けてのぞき込ませた。



「さすが、慣れたようじゃのぅ」

杯を傾けながら、咲耶が話しかける。

「いつもつきあわされておりましたから」

淡々と告げるハクの機嫌は決して良くはない。

咲耶が機嫌を損ねはしないかと千尋の方が心配してしまう。


ちらっと。

咲耶が千尋の方を見たような気がした。

気がしただけで、千尋にはそうなのかどうかはわからない。

しかし。

はっきりと視線を向けられた気がして、千尋は体をすくめた。



「妾が教えた事はちゃんとあの娘にもしっかり生かされておるようで安心した」

「‥‥‥どういう意味ですか??」

咲耶の言葉の意味をはかりかね、ハクがいぶかしそうに視線を向ける。

「昨日会うた時、あの娘との事の後だったのであろ?」

音を立てなかった自分を、千尋は内心ほめていた。

それくらい、動揺をしまくっていた。

「‥‥それが何か?」

ハクの方は「それがどうした」といわんばかりの返答である。

「つれないのう‥‥妾がそなたに色々と教えてやったからこそ、あの娘に痛い思いをさせなかったであろうに」


がたんっ

千尋は思わず音をたててしまい、その音に自分でびっくりして立ち上がった。

やばい。

そう思って逃げようとした千尋は、素早く近づいて来たハクに腕をとられていた。

「やっ‥‥」

「盗み聞きは良くないね、千‥?」

ハクの声のトーンが低い。

機嫌が良くない。

ハクは千尋の腕を引っ張って引き寄せ、そのまま腰に腕を回した。

「ぁっ‥や、ハク!?」

千尋の抗議の声を無視し、ハクは咲耶に向き直った。

「いつ私があなたに手ほどきを受けましたか? 嘘はいけませんよ、咲耶姫?」

咲耶は肩をすくめた。

「冗談の通じぬ男じゃの」

「やってもいない事をさも本当にあったように触れ回られるのは心外ですので」

口調こそ丁寧だがかなり怒っているのが、ハクの声から分かる。

これからの自分の運命を悟って、千尋はかっくりと頭をたれた。

「今からでも別に良いぞ?」

からかうような声で、咲耶は千尋に視線を向けた。

「どうじゃ? 琥珀を一日妾に貸さぬか?」

千尋はぎくっとして慌ててぶんぶんと首を横に振った。

「いえっ! 貸しませんっ!!」

そう答えてしまって―――――千尋は自分が誘導尋問に引っかかってしまった事に気がついた。

「貸し出し禁止なのならば、当然私の面倒は千尋が見てくれるのだろうね?」

一転してご機嫌になったハクに、青ざめる。

「ひ、引っかけたわね、ハク!?」

「とんでもない。そんなつもりは毛頭ないよ?」

ハメられた――――――――!!!!



「二人とも仲良くな」


そのままずりずりとハクに引きずられて出ていく千尋を見送り、咲耶は一人部屋の中で大爆笑していた。





「ハクっ!! 咲耶様をほっといていいの!?」

「すぐに父役が来るようになっている。ちょうど引き時だ」

「だったら!」

ハクの服をぎゅーと引っ張って、何とかその歩みを止めさせようと試みる。

「私、仕事残ってるの! 行かなきゃ!!」

「今日は休めばいい」

ぴた、と立ち止まって――――ハクは微笑みを浮かべた。

千尋にとっては、最悪の事態を想像させる、満面の笑みを。

「私を誰にも渡さないと言ったのは、千尋だよ?」

その責任はとって貰わなくてはね―――――そう言うとハクは千尋の返事を待たずに唇を重ねてきた。






咲耶の新たなお気に入りとなった千尋は、それからもちょくちょく呼び出しを受ける事となり。

すっかり油屋の看板娘としての地位を(望む望まないに関わらず)確立した千尋であった。




END

49000キリ番作品です。なぜ遅くなってしまったか‥‥というと、ひとえに「木花咲耶姫命」の事を調べていたからなのですね(爆)。オリジナルキャラにしとけば良かった(汗)。いや、もう殆どオリキャラに近いのですけどもね‥‥絶世の美貌を持つ女神というだけで選んじゃいけませんわな(爆)。古事記・日本書紀には私疎いので‥‥殆どオリキャラと思って接してくださいね、名前だけで(汗)。リクエストには‥‥応えられましたでしょうか?(汗)




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