Lunatique pleine lune
その1
60000HIT キリ番作品
湯屋が灯りを消し 街にも静寂が訪れる 川は草原に変わり 時計台は沈黙する 静まりかえった湯殿の一角から水音が聞こえる。 心許ない炎の灯りが揺れる。 ざぁぁぁ‥‥っと水の流れる音が異様に湯殿一帯に響き渡った。 「‥‥ふう」 千尋は息をついて手ぬぐいをとると、たった今綺麗に洗ったばかりの髪の水気をふき取り始めた。 初めて湯屋に来た時は肩につくくらいだった髪も、今では腰の少し上にまでのびている。 長い髪は働くには不向きなのだが、髪を束ねているリンが羨ましくて、千尋はずっとのばし続けていた。 その髪を美しく保つにはこまめな手入れが必要なのは言うまでもなく。 こうして仕事が終わった後、千尋はいつも1人で黙々と髪の手入れをしていた。 家ならばこの後ドライヤーで乾かすところだが、湯屋にそんなものがある筈もない。 このまま乾くまでは暫くあちこちを散歩するより他にはない。 とりあえず雫が落ちないまでに水気を吸い取った後、髪を櫛で丁寧に梳かす。 水干を着ようとして、このまま着たら髪の水気で濡れてしまう事に気がつき、手にとるだけにする。 腹掛け姿でうろちょろするのはちょっと気がひけるが、誰にも会わないだろうし別にかまわないだろう。 そう思いつつ、千尋はぺたぺたと湯屋の中を歩き出した。 もう既に隅々まで見知った湯屋の中をのんびりと散歩がてら歩きまわり、千尋はお気に入りの場所まで歩いて来ていた。 ボイラー室へと向かう裏口。 そこは殆ど人も来る事もなく星が綺麗に見える場所なので、千尋はよくこの場所に来ていた。 が。 今日は先客がいた。 「‥‥ハク?」 ハクがその場所に座って、皓々と輝く月を見上げていた。 「ハク」 千尋の声にハクが振り返った。 月明かりの中でハクの姿が輝いているように見えて、千尋はきゅ、と胸を押さえた。 やだ。 ハクに会うんだったら、濡れてもかまわないから水干着ていれば良かった。 今の腹掛け姿では、どきどきしている胸の鼓動が見ただけで分かるかも。 「まだ起きていたのか?」 「うん。髪洗ってたから‥‥乾くまでは寝られないの。このまま寝ちゃったら変な癖ついちゃうし」 そう言いつつ千尋はハクから視線を逸らすように上を見上げた。 「わー、綺麗なお月様‥‥‥」 「今宵は満月のようだ‥‥特に今日はよく晴れているから、まぶしいくらいに良く見える」 ハクは立ったまま月を見上げる千尋を、複雑な思いで見上げていた。 いつもポニーテールに束ねている髪を下ろし、腹掛け姿の千尋は―――はっきり言って目の毒であった。 千尋ももう18歳。 本人は小さいと気にしているが、胸は腹掛け姿でいるのはかなり危ないほどに豊かになり、腰はきちんとくびれて女性らしい体つきになっている。 ましてや、今はにこにこと無邪気に微笑んでいる少女が、腕の中では艶やかな女性に変わるのを知っているハクからすれば、今の姿は誘っているとしか思えない。 どうもハクが激しくしすぎるらしく、いつも事の後は調子が悪くなってまともに働けなくなってしまう千尋の為に、とりあえず一週間に一度程度‥‥とハクなりに自制はしているのだが。 今日は――――月の魔力も手伝ってか、自制が効きそうにない。 「きゃ‥‥」 ハクが千尋の腰に腕を回して引き寄せる。 千尋はバランスを失って、そのままハクの胸の中に飛び込んでしまった。 「なに‥‥」 何するの、という言葉は唇を塞がれた為にハクには届かない。 「んんんっ」 息が続かなくなった千尋がもがき始めると、ハクはようやく唇を離した。 「はぁっ‥‥」 ようやく深呼吸してつい出てしまったため息が妙に色っぽく聞こえて、千尋は自分でどきん、と反応してしまった。 「千尋‥‥‥」 ハクはすっかりその気になっている。 いつもならここで激しく抵抗するところだが。 今日はちょっと勝手が違った。 月の魔力のせいだろうか。 ――――体が、熱い。 月の光には魔力があるという。 人を狂わせる魔力が。 きゅ‥と千尋の手が水干を握りしめて来たのに気がついて、ハクは千尋の瞳を覗き込んだ。 「あの‥‥あのね‥‥」 千尋は恥ずかしそうに少し頬を染めて、ハクの耳元に口を寄せた。 「‥‥ここじゃイヤ‥‥ハクの部屋がいい‥‥」 千尋からそんな言葉が返ると思わなかったハクは、ちょっと驚いたように千尋を見つめていたが―――やがて微笑んで頷いた。 「そうだね。ここでは千尋の肌に傷がついてしまう‥‥」 いとも簡単に、千尋の体を抱き上げる。 ハクの首にしがみついたまま、千尋は抵抗しようとしない。 少し、月の光に当たりすぎたのかもしれない。 月の光にあたりすぎると、精神的におかしくなるという。 ましてここは精霊や神々が集う湯屋。 その力は他の場所の比でなく強く働く場所の筈。 ――――少し私もおかしくなっているのかもしれないな。 ハクはそう自嘲すると、しっかりと千尋の体を抱きなおした。 |