ミエナイココロ
1
「ねぇねぇ千尋っっ」 授業も終わって掃除時間。 これさえ終われば後は帰るのみである。 教室の掃除をしていた千尋に、友人の篠目彩花(ささめあやか)がホウキを持って話しかけてくる。 「なーに? 早く終わらせないとまた先生に怒られるよ?」 「うっふっふっふ」 変な笑い声をあげて近づいてくる友人に、千尋は冷や汗をたらして後ずさった。 「な、なによあやちゃん‥‥」 「あたし、昨日の休みに見ちゃったのよねー」 見た? 休み? 頭にハテナをとばしている千尋に、彩花はさくっととどめを刺した。 「昨日、すっごくかっこいい男の子と一緒にいたでしょ!」 がた――――ん! と大きな音をたてて、千尋はホウキを取り落としてしまった。 「そんなに狼狽するトコを見ると、すでに関係アリか‥‥」 変な納得をしている彩花を、千尋はただ指さすしか出来ない。 「あ、あ、あ‥‥‥」 「でもいつの間にあんなかっこいい人つかまえたのよ〜。東京の方から来たの? ここらへんじゃ見かけない人だったわよねー」 「あやちゃぁぁぁぁんっ!!」 真っ赤になって怒鳴る千尋を、クラスメートたちが何事かと振り返る。 「そ、それはっ‥‥そのっ‥‥」 注目を浴びてしまったことと、彩花の話す内容とで耳まで真っ赤になってしまった千尋は、次の言葉を言いたくても言えない。 「あ、あやちゃんっ‥‥ち、ちょっとこっちにっ‥‥」 千尋は彩花を廊下まで引きずり出した。 「ど、何処でっ!? 何でっ!?」 ――――昨日はあのトンネルの近くでずっと話をしていたから、姿は見られなかったはず!! 「千尋の家の前よ。偶然通りかかったの」 ぁああああ、ぬかった!! 千尋の心の中では、まるでモスラとゴジラが格闘しているかのごとく荒れ模様であった。 ――――家まで送ってくれたところを見られちゃったんだぁ‥‥‥。 そのとたん、あちこちの教室できゃあきゃあと黄色い声があがった。 教室からばたばたと出ていく女子生徒もいる。 「な、なになに?」 千尋の教室からも出ていく友達を捕まえる。 「どうしたの、何があったの?」 「校門のところにね、すっごくかっこいい男の子がいるの!!」 その言葉を聞いた千尋は、持っていたホウキを彩花に押しつけて教室の窓まで走っていった。 「あ、ちょっと千尋!?」 がばっと窓から身を乗り出して、校門の方を見る。 校門にはすでに人だかりが出来ていて、積極的な女の子は話しかけているらしい。 それをやんわりと断って、その人は誰かを探すように視線を辺りに向けている。 その人影に、千尋はもの凄く心当たりがあった。 「〜〜〜〜〜!!」 真っ赤になりつつ鞄をがっと手にとり、千尋にしてはすごいスピードで廊下を突っ走っていく。 下駄箱で靴を履き替え、校庭に飛び出る。 が、その時にはすでに校門のあたりはすごい人だかりが出来てしまっていた。 このままでは職員室から先生が来てしまう。 まずい。 ぜったいにまずい! 千尋は意を決すると、人だかりの下を四つん這いになってくぐりだした。 何度か踏まれそうになりつつも、ようやく前までやってくる。 何とか体を引っ張り出し、千尋は立ち上がった。 「――――千尋!」 千尋の存在に気がついたのか、人だかりの原因であるその人は嬉しそうに微笑んだ。 「こ、こっちに来てっ!!」 千尋が腕をつかんだとたん、周りにいた女子生徒から悲鳴があがった。 「あの子、昔神隠しにあったっていう子じゃない?」 という声が風に乗って聞こえてくるが、今はそれどころではない。 とにかく、今はここから逃げ出さなければ! 走って走って‥‥二人はあの森に向かう入り口あたりまで来てようやく止まった。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥」 「大丈夫? 千尋‥‥‥」 「はぁ、は‥‥ど、どうして学校に来たの、ハクぅ‥‥」 千尋の恨めしそうな声に、その人―――ハクは困ったような表情を浮かべた。 千尋が息切れしているのに比べて、ハクは息一つ乱れていない。 「もうそろそろ学校が終わる時間だと思ったから迎えに行ったんだけど‥‥迷惑だった?」 心底申し訳なさそうに言うハクに、千尋はぶんぶんと首を横に振った。 「ううん! そ、そんな事はないの!!」 迷惑―――とまではいかないが、次の日の学校でどうやって取り繕おうかという問題は残る。 それをハクに説明しても、こちらの世界に慣れていない彼には理解は出来ないだろう。 でも――――嬉しかったのも確か。 「びっくりしたけどね。‥‥よく、分かったね私の学校が」 「千尋の事は何でも分かるんだよ、私には」 さらりと返されて、千尋の頬が赤くなる。 「でも――――どうしてあんなに人が集まってきたのだろう。一応服装もこちらの世界に合わせてみたのだが‥‥まだどこかおかしいか?」 「ううんっ、そんな事ないっ! 絶対にないよ!!」 その言葉にまたもや首をちぎれんばかりにぶんぶんと横に振る。 ハクは何処で手に入れたのか、白いシャツに青いズボンをはいていた。 水干を着ていた時と印象がまるで変わってくるが、そのどこか現実離れした透明感は失われていない。 ハクを(他の人から比べれば)見慣れている千尋ですら、その出で立ちにぼぅっとしてしまうくらいに、かっこいい。 こうして改めてハクをまじまじと見つめて――――かっこよくなったなぁ、と千尋は溜息をついた。 「千尋?」 小さくついたつもりの千尋の溜息を聞き取ったらしく、ハクがのぞき込んでくる。 とたんに、千尋はぼっと赤くなった。 「顔が赤い‥‥‥今日は特に暑いのに走ったりしたから、熱中症になりかけてるんじゃないか?」 心配そうにハクが手をのばしてくる。 「ぁ、いいのいいのいいのっ。だ、大丈夫だから、すぐ良くなるから!!」 千尋は手を振って後ずさった。 「でも」 よけいに赤くなる千尋を心配しているのだろう、ハクはいつになく執拗に食い下がる。 「いいってっ。ほ、ほら、お水でも飲めばすーぐになおるから!!!」 千尋はハクが手を伸ばせばのばすほど後ずさって、首をぶんぶんと横に振った。 ヤバい。 今、近寄られたらますますゆでだこになっちゃう。 触れられでもしたら、また気を失いそう。 ハクと再会してからというもの、千尋の許容範囲を超える事が多すぎた。(千尋にとっては、ハクの美貌も予想外であった。小さい頃はハクが綺麗とかそういうのには全く興味はなかったために、記憶として思い出しても慣れないのである) 10歳の時には意識しなかった、想い。 ハクは千尋への好意をストレートに伝えてくる。 言葉に出さなくても、ハクがどんなに千尋を想ってくれているかは、感じる。 しかし 思春期真っ盛りの千尋には、ハクのストレートすぎる好意は、恥ずかしさととまどいを伴うものだった。 同じくらい、好きなのに 負けないくらい、想っているのに どう返していいかわからない でもそばにいたい 頭のなか、ぐちゃぐちゃ こんな風に思っている自分を、知られたくない 知られて嫌われるのが怖い 今になって、これ以上ないというほどに千尋はハクを意識していた。 |