ミエナイココロ











家の前でばいばいと手を振って入っていく千尋を見送り――――ハクは溜息をついた。

―――どうしたんだろう、千尋。


さっき触れようとした時、千尋がハクを避けるように後ずさったのが、ハクはとても気になっていた。

赤くなったり、慌てたり。

それはハクが良く見てきた千尋の姿だった。

しかし、一度たりともハクを避けた事はなかった。

なかったのに。




今まで知らなかった千尋の姿を見たような気がした。

千尋の事は何でも知っている―――と思っていたが、ハクが知る千尋の姿は川に落ちたあの幼い時の姿と、10歳の千尋の姿しかない。

直接千尋の心に触れた事はあっても、千尋が生きて来た今まで―――14年間のすべてを知る訳ではない。



もしかして、自分が知らない―――千尋が自分に隠しておきたい事が、あるのだろうか。


最後に別れてからの4年間。

あの間で千尋は一気に成長した。

姿も変わり、性格も少し大人びたような気がする。

一瞬、千尋の心に触れた時―――――何も変わっていない、と確信した。

表面上は変わっていたとしても、自分を思いだしてくれたということは――――あの時と変わらず自分を想っていてくれたということ。


でも。

でも――――もしかしたら?



千尋は、何かを隠している。





一度わき上がった疑念を、どうしても隠せない。

うち消してもうち消しても、後から浮かんでくる不安。焦り。


魔法をつかって千尋の心を探ろうと思えば探れる。

でも、それだけはしたくなかった。


ハクは唇をかみしめて何かを考えていたが―――やがて振り切るように、ふっと身を宙へと滑らせた。











空にぽっかりと月が浮かんでいる。

部屋の電気を暗くして、千尋は窓枠に頬杖をついて月を見上げていた。

「ハク‥‥今日は何処にいるのかな」

森にいた方が落ち着くと言って、ハクはあのトンネル近くの森の木で寝泊まりしているらしい。

家を探す手伝いをしようかとも持ちかけたけど、ハクはやんわりとそれを辞退した。

人間の作った家に住むのには、まだ抵抗があるらしかった。



ハクと一緒にいる時はどきまぎして、心臓が壊れてしまうような気がしてしまうのに

こうして離れていると寂しくてたまらない

会いたい

声が聞きたい



「――――ハク‥‥もしかして、こんな想いをずっと‥‥4年もの間抱き続けていたのかな‥‥」


半日会わなかっただけで、こんなにもさみしい

一週間会わなかったら、きっとつらい

1年も会わなかったら、私はたぶん気が狂ってしまうだろう



ずっと覚えていてくれたハクを想い、千尋は滲んできた涙を拭った。

「ごめんね」

ごめんね、ハク。

ずっと、我慢してたんだもんね。

私は思い出せなかったから、まだ楽だったけど。

でも全部覚えていたハクには、この4年間はどれほどつらいものだったろう。




明日、謝ろう。

まず最初に、ハクの元に行こう。

それで謝って。

それから――――


そこまで考えて、千尋はぽっと頬を赤らめた。

「ね、ねよねよ‥‥明日早起きしなきゃ!」

頭に浮かんだ考えをぱっぱっと振り払い、月をもう一度見上げて――――それから窓を閉めた。