ミエナイココロ
2
家の前でばいばいと手を振って入っていく千尋を見送り――――ハクは溜息をついた。 ―――どうしたんだろう、千尋。 さっき触れようとした時、千尋がハクを避けるように後ずさったのが、ハクはとても気になっていた。 赤くなったり、慌てたり。 それはハクが良く見てきた千尋の姿だった。 しかし、一度たりともハクを避けた事はなかった。 なかったのに。 今まで知らなかった千尋の姿を見たような気がした。 千尋の事は何でも知っている―――と思っていたが、ハクが知る千尋の姿は川に落ちたあの幼い時の姿と、10歳の千尋の姿しかない。 直接千尋の心に触れた事はあっても、千尋が生きて来た今まで―――14年間のすべてを知る訳ではない。 もしかして、自分が知らない―――千尋が自分に隠しておきたい事が、あるのだろうか。 最後に別れてからの4年間。 あの間で千尋は一気に成長した。 姿も変わり、性格も少し大人びたような気がする。 一瞬、千尋の心に触れた時―――――何も変わっていない、と確信した。 表面上は変わっていたとしても、自分を思いだしてくれたということは――――あの時と変わらず自分を想っていてくれたということ。 でも。 でも――――もしかしたら? 千尋は、何かを隠している。 一度わき上がった疑念を、どうしても隠せない。 うち消してもうち消しても、後から浮かんでくる不安。焦り。 魔法をつかって千尋の心を探ろうと思えば探れる。 でも、それだけはしたくなかった。 ハクは唇をかみしめて何かを考えていたが―――やがて振り切るように、ふっと身を宙へと滑らせた。 空にぽっかりと月が浮かんでいる。 部屋の電気を暗くして、千尋は窓枠に頬杖をついて月を見上げていた。 「ハク‥‥今日は何処にいるのかな」 森にいた方が落ち着くと言って、ハクはあのトンネル近くの森の木で寝泊まりしているらしい。 家を探す手伝いをしようかとも持ちかけたけど、ハクはやんわりとそれを辞退した。 人間の作った家に住むのには、まだ抵抗があるらしかった。 ハクと一緒にいる時はどきまぎして、心臓が壊れてしまうような気がしてしまうのに こうして離れていると寂しくてたまらない 会いたい 声が聞きたい 「――――ハク‥‥もしかして、こんな想いをずっと‥‥4年もの間抱き続けていたのかな‥‥」 半日会わなかっただけで、こんなにもさみしい 一週間会わなかったら、きっとつらい 1年も会わなかったら、私はたぶん気が狂ってしまうだろう ずっと覚えていてくれたハクを想い、千尋は滲んできた涙を拭った。 「ごめんね」 ごめんね、ハク。 ずっと、我慢してたんだもんね。 私は思い出せなかったから、まだ楽だったけど。 でも全部覚えていたハクには、この4年間はどれほどつらいものだったろう。 明日、謝ろう。 まず最初に、ハクの元に行こう。 それで謝って。 それから―――― そこまで考えて、千尋はぽっと頬を赤らめた。 「ね、ねよねよ‥‥明日早起きしなきゃ!」 頭に浮かんだ考えをぱっぱっと振り払い、月をもう一度見上げて――――それから窓を閉めた。 |