ミエナイココロ









少し休んだだけで千尋は身を起こせるまでに回復した。

どうやらこの木々の寝床には、ある種のエネルギーが満ちているらしい。

そこで二人は互いの誤解を解くべく話を始めていた。




「じゃあ、琥珀川を見に行ってたってこと?」

千尋の言葉にハクは頷いた。

「こちらの世界に戻ってきてから‥‥自分が守っていた川が今どうなっているのかを、見ておきたかった。もう跡形もなかったけどね」

「そうだったんだ‥‥‥」

ハクがいないと大騒ぎしたあげく、雨にうたれて風邪をひいて熱を出してぶっ倒れていた自分がもの凄く恥ずかしくなる。

まるで面白くもない一人芝居のようではないか。

千尋は恥ずかしさで耳まで赤くなるのを感じてうつむいた。

幸い今は髪を下ろしているので、髪をさりげに前にもってきてハクから顔が見えないようにしてみる。

「千尋はどうして森に‥‥? 私がいないとわかったなら学校の方に行くとばかり思っていたのに」

学校で待っていても来ないから嫌な予感がして来てみたら倒れていたから―――――とハクは淡々と告げる。

しごくもっともな問いに、千尋はますます赤くなった。

「その‥‥えと‥‥大した用事は、なかったんだけど、うん‥ちょっとね‥‥」

言えないよ〜〜〜恥ずかしくて〜〜〜!!!

熱が再び出てきたかのように顔は熱いし、心臓もばくばくする。

早くこの話題を終わらせてしまいたい。

が、ハクがそれを許すはずもなかった。

答えをはぐらかす千尋に、ハクの瞳が厳しくなる。

「千尋」

「は、はい」

反射的に顔をあげて―――すぐ間近まで詰め寄っていたハクとばっちり目が合い、ぼっとよけいに真っ赤になる。

「言いたくない事を無理に聞き出すつもりはない。けど‥‥‥」

今まで自分の事で精一杯だった千尋はそこでようやく気がついた。

――――ハクが、泣きそうな顔になっている事に。

「――――千尋が倒れているのを見た時‥‥息がとまるかと思った。他には何も考えられなくて‥‥‥ここの木々が導いてくれなかったら、私はそなたを本当に失ってしまうところだった。もう、このような思いをしたくない。だから‥‥どうしてこんな事をしたのか、教えて欲しい。私のわがままだとは分かっている‥‥だが、またこんな思いをするかと思うと‥‥私は‥‥」

語尾がかすれて消えてしまう。

が、ハクが何を言いたかったのかは―――千尋には痛いほどわかった。




「泣かないで、ハク」

千尋は精一杯の笑顔を浮かべて、ハクの髪に指を触れさせた。

「ごめんなさい。あのね‥‥あの‥‥私、私ね‥‥」

言葉に出すのは恥ずかしい。

でも、ここで勇気を出さなきゃ、もっとハクが苦しむ事になる。

そんなのは嫌だ。

千尋は精一杯の勇気を振り絞った。


「私ね、ハクに優しくされるのに慣れてなくて‥‥なんか、背中がくすぐったい感じで‥はずかしくって。でもやっぱりハクのそばにいたくて‥‥私がそんな風に悩んでるの、ハクに知られたくなかったの。呆れられるって思ったから‥‥」

言えた。

一度言えたら、後はもうすらすらと立て板に水のように出てくる。

「朝に森に来て返事なかったから‥‥ハク、きっと私に愛想つかして帰っちゃったんだって思っちゃったの‥‥ごめんなさい!」

千尋はぺこっと頭を下げた。

これで嫌われたとしても仕方ない。

すぱっと言えたのだから、返って胸の中はすがすがしい。

「それで‥‥森にずっと?」

「うん‥‥この森にいたら、きっと会えるって思って‥‥‥」

少し考えたらすぐにわかりそうなものを。

ハクが千尋に愛想を尽かして何処かに行くという事など絶対にあり得ない。

ハクは自らの名にかけて誓ったのだから。

―――――千尋のそばにずっといるということを。



10歳の時の千尋と変わったといえば、こういうところなのかもしれない。

自分に自信がなくて、それでもハクへの想いはいっぱいで。

そのバランスがとれなくて悩んでいる少女。

初めて知った千尋の新たな姿は、ハクにとってますます愛しさを感じさせた。



いつの間にか、ハクはくすくすと笑っていた。

「―――な、なんで笑うのよハク!!」

一世一代の告白をしたも同然なのに、いきなり笑い出したハクに千尋は憤慨している。

「ごめん、でも‥‥」

安堵したせいか、笑いが止まらない。

「んもぉっ‥‥せっかく勇気振り絞ったのにっ‥‥」

ようやく笑いをおさえて、ハクは千尋に向き直った。

頬に手をあてて、すっかりムクれてしまっている千尋の顔を自分の方に向けさせる。

「千尋がどんな事を考えているのかが分かって、嬉しかったんだ」

「嬉しかったら、笑うの?」

ハクに顔を押さえられているためにそっぽを向けない千尋は、代わりにちょっとにらみつけてくる。

「自分がおかしかったんだ。最初から聞けばこんなに悩む事もなかったのにって‥‥」

「‥‥ハクも、悩んでたの?」

驚いたような顔をしている千尋に、ハクは頷いた。

「千尋が何を考えているのかわからなくて、悩んでた。でも聞いたら―――ほっとしたんだよ」

「そうなのかぁ‥‥だったら、お互いにヤキモキしてた分、おあいこだね」

私もハクがいないって大騒ぎしたんだし、と付け加えて、千尋はぺろっと舌を出した。



愛しい少女。

ずっと、この腕のなかに閉じこめておきたいくらい、大切な少女。

でもそれが出来るはずもないから―――せめて、少女が自由に跳べるように。

彼女が幸せであるように――――――

願わくば、自分も幸せでいられるように――――――



ハクはそれだけを切に願っていた。






「じゃあ、また明日」

家の前。

送ってきてくれたハクに振り返り、千尋はばいばいと手を振った。

「うん。明日」

それにハクが振り返すと、千尋は足取りも軽やかに家の中に入っていった。



明日。

明日になればまた千尋が登校前にあの森にやってくるだろう。

そして挨拶を交わし、急いで学校への道を走っていく。


そんな些細な事が、幸せだと想う。



ずっと、続いて欲しい

こんな、些細な幸せが。


ハクはきびすを返すと、あの森へと歩き出した。





END

初期に書いていたものに多少筆を加えてみました。うーむ、私の頭のなかってホントに展開というか‥そういうの少ないなと改めて実感。作品、似すぎ(汗)。最初に書いたもののためか凄く初々しい二人です(笑)。あーもう好きにしてくれッ(けっ(笑))。そうそう。皆様、おまけ見つけました?(笑)