夏の夜の一時
その2


260000キリ番作品








二人は森の奥までたどり着いていた。

そこまでに何度か”何か”が出て来ていたが、全てハクのひと睨みで退散してしまい、千尋は一度もきちんとお目にかかっていなかった。

「もうすぐだね」

「うん」

奥にあるというメダルをとって来さえすれば、肝試しは終わったも同然。

「あ」

大木が見えて来て、その中央に祭壇らしきものが目に入ってきた。

あそこにメダルがあるに違いない。

「私、とってくるね……」

「待て」

走ろうとした千尋をハクが呼び止めた。

「……何か、いる」

「え……?」

千尋が良く目をこらしても、何も見えない。

――――肝試し、という事は怖い思いをしても危ない事はないだろう。

「大丈夫よ、私、とってくる」

もう少しで終わる、という開放感も手伝ってか、千尋は制止を振り切って走っていった。

ハクも、今度はそれを止めようとはしなかった。



「あった」

祭壇の上にのっている、金色のメダル。

金メッキだろうが、それなりに綺麗なそのメダルを手にとった瞬間――――

木から突然手が伸びてきて、千尋の腕を掴んだ。

「きききききゃ――――ああああっっっ!!!」

千尋の甲高い悲鳴が響き渡る。

「うわわわわわっ!!!」

その声に驚いたのか、千尋の腕を掴んでいた手がびくっと震えて、離れていく。

千尋はドキドキする胸を押さえて(でもしっかりとメダルは持っていた)後ずさった。

「い、い、今の、今のっ!!」

―――確か、さっき、声が聞こえた。

そして、その声には聞き覚えが―――――

「もしかしてっ……リンさん!?」

木に向かって怒鳴ると―――観念したのか、木の一角がぽっかりと開いて、リンが出て来た。

「千……今のはすんげぇ声だったぞ。鼓膜が破れるかと思った………」

「びっくりさせるからじゃない〜〜!! もう……すんごく驚いたんだからっ……!」

「悪い悪い。でもハクが隣にいて全然驚かずに終わるのも何だったから、最後の最後で楽しめただろ?」

おそらくハクは、この向こうにいるのがリンだと分かっていたのだ。

だから千尋を強く止めなかったのだろう。

くるっと振り向くと、ハクがくすくすと笑みを堪えているのが見えた。

「………ハクっ!」

「いや……リンだったら、千尋もそう怖くはないかと思ったんだが……」

「ひどーいっ!! 分かってるんだったら、言ってくれればっ……!!」

とんでもない悲鳴を上げてしまったのが恥ずかしくて、千尋は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

「まあまあ。後はそのメダルを持ってくだけだろ。さっさと行ってこいよ。この肝試しが終わったら従業員たちにもちょっとしたご馳走が振る舞われるって言ってたから」

「うん!」

後に引きずらないのが千尋の良さ。

すぐに機嫌を直して、千尋は入り口の方へと向かって歩き出した。

「ハクー早くー!」

「分かった」

それじゃ、と言って歩き出すハクを見つめ、リンはふぅと息をついた。

「ま……楽しかったから、いいか」

千の驚く顔が見られたし。

その時の顔を思い出して笑みを浮かべつつ、リンは片づけをするために戻っていった。








出口までは後もうちょっと。

そう思うと足取りも軽かった。

「………ん?」

ハクが足を止める。

「え?」

ハクの表情が強ばっているのに気づき、千尋はその方向を見た。

「………え…!?」






宙に浮かぶ、女性の姿。

青白い肌で黒髪は乱れ――――恨めしそうな視線でこちらを見つめている。

「…………」

じっと見つめている間に、その女性の姿はす……っと消えていった。

「…………」

ハクも、千尋も、その場に立ちつくしていた。

「……ハク」

最初に声を出したのは千尋の方だった。

「………魔力に引きつけられて、変なのを呼び寄せたようだね」

ハクの返事は、ため息混じり。

「……て事は……あれは…」

「予定されたものではないって事になるね……」




千尋が悲鳴を上げたのは言うまでもなかった。










後日談。

その後ハクがかなりの時間をかけてこの場を浄化したそうである。

それまでは変な姿を見たとか、怪奇な音を聞いたとかいう話が絶えなかったとか。









END

肝試しの話でした。湯屋自体には色んなのがいそうです……それこそ湯婆婆に豚にされて食べられてしまった人間とか、姿を保てなくなった精霊、神々とか。肝試しをしてこれほど怖い場所もないと思うのですが……ハクが隣にいてくれれば、とりあえずは安心かなぁ……。




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