ねこねこ・こねこ
その1

47000HIT キリ番作品








ガラス戸を開けて、床掃除で汚れた水を庭にざぁーっと捨てる。

桶を戻して、千尋はとんとんと腰をたたいた。

「はー、疲れた」

そう言いながら、千尋はふと庭の向こうに視線を向けた。

初めての仕事の日に、この庭にカオナシが立っていたのもいい思い出だ。

湯婆婆にとってはイヤな思い出かもしれないが。

「さて‥‥と」

どっこらしょと桶を持ち上げかけた千尋は、どこからか聞こえてくる微かな声にはっ‥と耳を傾けた。

「‥‥なに‥‥?」



‥‥‥にゃ〜〜〜ぉ‥‥



「ねこ?」

桶をおいて体を乗り出し、軒下をのぞき込む。

そこに

まだ生まれて1ヶ月くらいと思われる小さい子猫が体を震わせて鳴いていた。






仕事終わりだったのをこれ幸いに。

千尋は大湯にその子猫を連れていって、桶の中にお湯を張るとその中に子猫を入れてじゃぶじゃぶ洗い出した。

「きれいにしとかないと、ご飯もらえないからね?」

千尋の言葉がわかるのか、子猫はされるがままにじっとしている。

石鹸を使ってきれいにごしごしと洗い、最後にお湯を優しくかける。

「うん、きれいになった」

薄汚れていたままではわからなかったが。

子猫はきれいな琥珀色の毛並みをしていて、ぴかぴかに磨き上げられたためかつやつやと光っていた。

「おまえ、綺麗な毛並みしてるじゃないの。どっかで飼われてたのかなぁ‥‥でもこの近くに家なんてないし」

千尋の言葉に子猫は「にゃお」と返事をする。

が、当然子猫の言葉は千尋にはわからない。

「お湯屋では飼えないけど、もうちょっとしたら家に帰るから‥‥その時に私の家に連れてってあげるね。私の家ならたぶん飼えると思うから‥‥‥それまでの辛抱だから、いい子にしててね」

子猫は「にゃあ」と元気よく返事をした。








「猫だってぇ!?」

仕事が終わった後の女部屋にて。

子猫の存在にリンが声を荒立てた。

「今度家に連れて帰るから、それまでここにいさせて。ね?」

手を合わせてお願いを繰り返す千尋に、リンやほかのおねえさま達は困り果てるばかり。

「そりゃ‥‥‥千が面倒見るんならオレ達はかまわねぇけどさ‥‥でも湯婆婆に見つかったらどうなるか‥‥」

「そしたら私が責任とるから。ね? ね?」

「千が責任とるんだったらいいんじゃない?」

「んー‥‥まぁまだ子供みたいだし、このまま放り出すのもかわいそうだしね」

口々に言い出したおねえさま達の言葉で、千尋はとりあえずこの子猫の居場所が出来たことを理解し――――安堵した。

「で、この猫の名前は決めてるのか?」

「うん、決めてるよ」

千尋は子猫を抱き上げて頬ずりした。









「ああああ〜〜〜待て待てっっ!」

もう夜も更けたというのにどたばたと廊下を走る音と声がする。

帳簿の整理をしていたハクは筆を休めて苦笑した。

あの声は千尋だ。

一体何を追いかけているのか―――――。

体だけはリンと同じような体つきになってきているというのに、言動はまだまだ幼い。

とはいえど、ハクの前だけで見せる姿は立派に女性のものになりつつある。

そんな妄想に耽っていたハクは、次の千尋の言葉にぎょっと我に返った。

「待ちなさい〜〜〜コハク〜〜〜〜!! そっちはだめだってば!!!」


‥‥‥コハク?


まて。

それは私の名だぞ?

一体なんだそれは!?

ハクはざっと立ち上がると、部屋から飛び出した。




「捕まえた!!」

ようやく捕まえた千尋の手の中で、子猫がにゃーにゃーと鳴きながらじたばた暴れている。

「も〜〜飛び出しちゃだめじゃないの、コハク。湯婆婆に見つかったら食べられちゃうんだからね」

「‥‥‥千尋‥‥‥」

はっと千尋が視線を向けると、ハクが立っていた。

「あ、ハク。お仕事ご苦労様」

「‥‥その猫は?」

千尋は子猫を撫でながらにっこり微笑んだ。

「拾ったの。今度家に帰る時に連れて帰ろうと思って」

「‥‥その猫の名前って‥‥もしかして」

「毛並みが琥珀色でしょ? だからコハクって名前つけたの! それに‥‥ハクの名前でもあるし‥‥」

――――この輝くような微笑みが憎らしい。

「‥‥名前貰っちゃったけど、いいよね?」

にっこり微笑んでそう言われれば、ハクとしては「いいよ」というしかない。

わかっててやっているのかいないのか――――――

「‥‥いいけど‥‥」

でも、という言葉は、千尋の「ありがとー!!」という言葉にかき消された。

「じゃ、またねっハク!」

千尋は猫のコハクを抱きかかえると、ぱたぱたと走っていった。


‥‥‥いや〜な予感がする。

ハクは千尋の後ろ姿を見送って、そんなことを思っていた。






さて。

そのハクの懸念は当たることになる。





「え? 千?」

仕事が終わった頃だろうと思って湯殿に行ってみると。

リンしかいなかった。

「コハクのことが気になるんだろ。終わったらすぐに部屋に引っ込んだぜ」

―――――あの猫かっ。

腹立たしげに女部屋へと向かうと。

「ごめんね〜〜晩ご飯遅くなって」

コハクにあまりもののご飯と水をあげて、それを見ている千尋の姿があった。

「千尋、今日はあがりが早いんだね」

「うん。コハクのことが気になって‥‥‥」

振り返りもせずに言う千尋に、ハクは少なからず「がーん」とショックを受けていた。

‥‥‥猫に負けた!?

「‥あ、食べた?」

満腹になったらしいコハクは千尋に甘えるように、のどをゴロゴロ鳴らしながら手にすりよる。

「今日は一緒にねよーねー。コハクと寝るとあったかいから」

がーん!!

完全に、猫に負けている!!!

「‥‥ち、千尋‥‥‥」

ショックでヨロヨロしているハクに、千尋はようやく振り返った。

「あ、ハク‥‥‥まだいたの?」



今の言葉はハクにとって致命傷だった。

完敗である。

たかだか猫に。


それがハクにより大きなショックをもたらしたのであった。

‥‥‥合掌。







HOME         NEXT