千尋は人気者
その2

4000HIT キリ番作品





蛙男が示した部屋の前に立ち、障子に耳をつけて中の様子をうかがってみる(はしたないという言葉は今は呑み込んでおこう)。

中ではとりとめもない会話がかわされているらしい。


「ほほぉ、ではそなた、人間の世界とこの世界を行き来出来る唯一の人間‥‥という訳か」

「はい。色々と縁あって――――ここで働かせて頂いてます」

「あの湯婆婆殿とよく契約が出来たものだのぅ‥‥」

その契約の裏には当然ハクの動きがあった‥‥のだが、千尋はそこまで言うつもりもないらしく、曖昧な笑いが漏れるだけで返事は聞こえてこない。

「そ、そうだお客様‥‥‥そろそろ湯殿のほうも空くと思いますから、お風呂のほうにいらしてはいかがでしょう?」

「おおそうか。それでは行かせて貰うかの」

「あ、お荷物お持ちします」

なかなか口調もさまになってきている。

はじめは挨拶も出来なかった千尋も、油屋でしごかれるうちにだいぶ慣れて来たらしい。

この分ならまぁ大丈夫か‥‥とその場を去りかけたハクの後ろ姿に、客のとどめの一言。

「そうだ。そなたも一緒に入らぬか?」

ぴくっ。

その言葉はハクを振り返らせるのに十分に威力だった。

「え、えええっ、いえっ、いいですいいです。仕事が終わったら、いつも入ってますからっ」

見当違いの事を言いつつ断ろうとしている千尋は、きっと真っ赤になっている事だろう。

「そういうところはまだ子供じゃのぅ。まぁこちらに来なさい。色々と教えてやろう」

「ち、ちょっと待ってくださいっ。あの、きゃ‥‥」

千尋の押し殺した悲鳴が聞こえたとたん、ハクは障子をざっ!! とあけはなっていた。



中では、客と千尋がちょうど手を取り合っているところだった。

というよりも千尋が手を取られているといったところか。

そして客は――――河童。

いきなり現れたハクに驚いているが、客の威厳を保とうとしているのが見てとれた。

しかし。

悲しいかな、立場こそ下であるものの、ハクのほうが種族の階級としては上であった。

川の神と河童では比べようもない。

そして。

今のハクは相手が客であろうと誰であろうとかまわない、といった怒りのオーラをとばしている。

「お客様‥‥‥その娘は湯女ではありませぬゆえ、妙な手出しはいたしませぬよう」

ウチでは湯女への悪戯は厳禁とさせていただいている筈ですが、当然その要項はごらんになってますよね? と淡々と告げるハクに、河童のほうは言葉もない。

「は‥‥ハク、ハク‥‥お、落ち着いて‥‥‥」

どうどうと千尋がハクをなだめようとするが、ハクの怒りはどうも収まらないらしい。

「千、おまえは持ち場に戻りなさい」

「は、はーい‥‥‥」

千尋はその言葉をこれ幸いにと、客にぺこっとお辞儀をしてそそくさと去っていった。

それを見送り、ハクは唇の端を笑みの形に浮かべた。

「これから‥‥このような事のないように。あまりにも度が過ぎましたら、出入り禁止とさせて頂きますのでそのおつもりで‥‥?」

そのままきびすを返して去っていくハク(客を放っていくのか)を、客はただ呆然と見つめるだけであった。






「あ、ハク‥‥‥」

階段を下っていると、千尋がハクを待ちかまえていた。

「千尋、持ち場に行けと言っただろう?」

「でも、でも気になって‥‥‥ま、まさかお客様に大変な事、してないよね‥‥?」

以前の坊とかカオナシとかへの仕打ちを目の当たりにしている千尋としては、そこらへんのハクの言動にどうも信用が出来ないらしい。

「まさか。そのあたりの分別はある」



この場合の分別とは

『千尋に手を出す度合いが低かったので、攻撃はしないでおいた』

という意味の分別である。



「そ、それなら良かった‥‥‥」

当然、千尋は「お客様にそんな事はしない」という風に受け取り、安堵の吐息を漏らした。

「ところで千尋‥‥‥」

ハクは千尋をちょいちょいと手招きした。

「なあに?」

千尋がぽてぽてと近づくと、ハクは千尋の耳元に口を近づけた。

「これからはお客の接待はしなくていいから。もしも言いつけられたら私が許可していないと言いなさい。それでも言い張るようだったら逃げればいい」

耳元で優しく囁かれると、背中がぞくぞくする。

思わず腰砕けになりそうなのを我慢して、千尋はこくこくと頷いた。

言葉を発したら、変な事を口走ってしまいそうだ。

「‥‥よし、いい子だ」

ハクは千尋の髪を優しく撫でて、そっとその頬に口付けし――――身を翻して去っていった。



後には、ハクの唇が触れたところを抑えたまま、ユデダコになって立っている千尋が残るばかり。





その後、「油屋の人間の娘に手を出すと祟りがある」とかなんとかいう噂がまことしやかに流れたとか流れないとかいう事である。






END

4000キリ番作品です。今回はハク様攻撃してませんねぇ(笑)。脅迫だけで済んでますねぇ。って客にまでガンつけかましてどうすんでしょう(笑)。その分のはちょっと千尋に回されたようですが(爆)。激しいハク様を期待していた人にはちょっと拍子抜けしたかもしれません。すみません(^^;;




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