招かれざる客たち
その4
270000キリ番作品
湯に入ってしまえば、テレビもないこの湯屋でやることは殆どなくなる。 いつもなら宴会で盛り上がるのだが、この状態ではそういう訳にもいかない。 「……今日のところはもう寝ようか」 「えー……まだハクさんと話をしてないのに……」 「ハクは仕事で忙しいんだからしゃーないだろ。ここに泊まりに来られた事だって奇跡なんだから」 覚がそう言って立ち上がった。 「それじゃ、俺は隣の部屋だから」 「うん。それじゃ明日ね、藤野くん」 去っていく覚を見送ってから、千尋は立ち上がった。 「さ、布団を敷いて今日のところはもう寝ちゃおう!」 「うん……」 まだ未練たらしく障子の向こうを見ようとしている雪奈を引きずって、三人は布団の用意を始めたのだった。 夜。 (………ん…?) 何か気配がする。 そう思った瞬間、意識がすーっと浮上した。 目は開けずに、その気配がなんなのかを探る。 (……誰だろう? ハクの気配じゃない……) どうやら気配は1人で、衣擦れの音がする。 (誰? リンさんでもないし……従業員のみんなは人間のいるとこになんか行きたくないって言ってたから来るはずないし……) そう考えるとだんだん怖くなってきて、千尋はぎゅっと目を閉じ直した。 気配がこっちに近づいてくる。 (来ないで来ないで来ないでぇぇぇぇっ。怖いよぉぉっ) 心のなかで念じるのとは裏腹に、その気配は千尋の直ぐ近くでぴたりと止まった。 (……………) 息を殺して様子をうかがう事1分ほど。 「きゃああああああっっっ!!! なにっ!? 何なのよおおおおおっ!!!! 今、何か触ったぁぁぁぁっ、いやああああ!!」 静寂は雪奈の悲鳴で破られた。 「な、なんなのっ!!!?」 「ど、どうした!?」 驚いた麻衣子が起き出すわ、隣で寝ていた覚がやってくるわ。 部屋は大騒ぎになってしまった。 「い、一体だれ……!?」 慌てて灯りをつける。 「………まったく、礼儀を知らぬ者どもよの」 「……さ、咲耶さま!?」 千尋は呆然として目の前に立つ女性――――咲耶姫を見つめていた。 「………咲耶さま」 ハクが脱力した様子で話しかけるのを、咲耶は手で制した。 「まぁ良いではないか。妾も久しぶりに千に会いたくての」 「ならば何故夜中に忍び寄られるのです」 「ただの出会いでは面白くなかろう」 「…………咲耶姫に普通の思考を求めた私が悪うございました」 「………琥珀、そなた妾をバカにしておるであろう」 そんな会話を繰り返すハクと咲耶を千尋はため息をついて見ていた。 「あの……漫才をするなら別の部屋でやって下さい」 「千まで妾に意見するつもりか?」 言いつつも咲耶は面白そうに千尋にずずぃ、と近寄る。 「そ、そういう訳じゃ……」 「ともかく咲耶姫。ここには客がおりますから、向こうで」 その言葉に咲耶は三人の方に向いた。 「――――人間の客をとるとは、珍しいの。というより、初めてではないか? 道理で他の神々の宿泊がない筈じゃ」 「………………」 人の姿には見えるが、その美貌は人間のそれを遙かに超えている。 「………人間ども、注意をした方が良い。ここは本来人の来るべきところではない。千がいるからここに存在出来ておるだけじゃ」 「……は、はい……」 雪奈は怖がって麻衣子の後ろに隠れてしまい、出てこようとしない。 麻衣子も硬直してしまっているため、仕方なく覚が頷いた。 「では今日は琥珀が相手をしてくれるのじゃな」 「最初からそう申しているではありませんか……向こうに参りましょう」 ようやく立ち上がり、用意された部屋へと向かう咲耶の後の追うようにハクも立ち上がる。 「ハク」 「起こして悪かったね。夜明けまでまだ時間があるからゆっくり休んでおいで」 千尋に笑いかけて、ハクは障子を閉めた。 後には硬直した三人と、脱力した千尋が残された。 「………ところで、あの女性って……誰なの? 私たちの事を人間……って呼んでたって事は、人間じゃないの?」 麻衣子の問いかけに千尋は力無く笑った。 「……人をからかうのが好きな、実はとってもえらーい、神サマよ………」 「………神サマ?」 「………うん」 (………暫くはこれをネタに遊ばれそうね……) それを思うと、遠い目になるのを押さえられない千尋であった。 朝早く。 結局あれから眠る事が出来なかった四人は、早々に戻る事になった。 「千はまた後で戻るんだよね?」 見送りに出てきた坊に、千尋は頷いた。 「うん。今日もバイトの日になってるから」 「咲耶姫が今日も泊まるって言ってたから、千呼び出されるかも」 「………………」 「ちーちゃん、目が明後日の方に向いてるっ」 雪奈に揺さぶられ、はっと我に返る。 「と、とりあえず戻らなきゃね……」 「お世話になりました。ごめんなさいね……無理を通してしまって」 その隣で麻衣子が深々とお辞儀をした。 「この湯屋って……人間によって汚れてしまった神様が来るところだったんですね」 「そう。だからここの従業員たちや客は、人間を嫌ってる」 そういう坊は、最初に会った人間が千尋だったためか、他の従業員たちに比べて人間への偏見は薄い。 「私たちに出来る事って……ないんでしょうか」 「自分に出来る範囲で自然を愛でてやれば良い」 後ろから声が飛んできて、ぎょっと振り返る。 そこには何時の間に立っていたのか、咲耶がいた。 「そなたたちの力程度で世界が良くなるなど思ってはおらぬ。だが、少しでも人間が良くなれば妾たちの力も増すのでな」 「……咲耶さま」 「ま、妾の神社に来た時には声をかけりゃ。機嫌が良ければ力を見せてやっても良いぞ」 そのまま4人の隣を通り過ぎよう―――として。 「千」 咲耶は千尋の隣で立ち止まった。 「今夜は妾の部屋に来るように。色々と積もる話もあるのでな……楽しみにしておるぞ」 「さ、さ、さ、さ、咲耶さまっ…!?」 耳元で囁かれて、ぞわぞわっ……と鳥肌をたてる千尋に、咲耶は笑い声を上げた。 「それではな」 湯屋のなかに咲耶が入ってしまっても、千尋はまだ立ちつくしていた。 「……千尋?」 「………か、帰ろうか……」 よろよろしながら歩き出す千尋を、坊は心配そうに見つめていた。 さて。 「ちーちゃーん」 無事に戻ってきて、学校にやってきて早々。 千尋は雪奈に呼び止められた。 「どうしたの、雪奈?」 「これっ。ハクさんにどーぞって渡してくれる?」 雪奈が差し出したのは、チョコレート。 この前テレビで言っていた有名なお店のチョコレートだ。 「こ、これを……?」 「うん! 私はあの湯屋に行けないけどちーちゃんなら行けるでしょ? 宜しくね!!」 千尋にチョコレートを押しつけて、雪奈は走っていってしまった。 「…………雪奈、私、一応ハクとつきあってるってこと……理解してる?」 多分理解はしているのだろうが、それはそれ、これはこれなのだろう。 何より無邪気な雪奈を、千尋は疎んじる事が出来なかった。 「……しょうがない、渡しておくかな」 きっと、二人で食べる事になるだろうけど。 苦笑して、それをカバンに入れる千尋であった。 その後そのチョコレートが、ハクだけでなくリンや坊にまで食べられる事になる事を、雪奈は知る筈もなかった。 END |
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270000キリ番作品です。湯屋に人間が客として来る…という事で、結構難しいお題でした。頑張りました!がこのくらいが私には限界でした。・゚・(ノД`)・゚・。 あそこには「人間は生きていけない」という理がありますのでそれを突き崩すところから始めまして、こうなりました。ホントはもうちょっと麻衣子や覚も使いたかったのですが、あまりオリキャラが活躍するのは良くないと思い、チョイ役に(^^; 人間と神々との間の隔たりは、まだ大きいようです。千尋個人と神々の隔たりはないと思うのですけど。 |