招かれざる客たち
その3
270000キリ番作品
さて、次の日。 「ちひろ――――っ!」 ハクの背から降りてきた麻衣子が、橋のたもとで待っていた千尋にそのまま抱き付いた。 「麻衣子、大丈夫だった?」 「うん。もう雪奈が泣いて泣いて大変だったけどね」 麻衣子に視線を向けられた覚が肩をすくめる。 そして三人の視線は―――――― 「あのっ、あのっ、お名前は? ちーちゃんの彼氏なんですか? もう決定?」 人間の姿に戻ったハクに言い寄っている雪奈の姿。 「あのな、望月。ヒトの彼氏に言い寄ってどうするんだ?」 「だってぇぇぇ」 無理矢理ハクから引き離された雪奈に麻衣子がため息をついた。 「ごめんね、千尋。私たちのせいで何か迷惑かけてしまって……まだバイト、あるんじゃないの?」 「ううん。今日はもうこれで終わり。学校に行かなきゃいけないし……今帰れば、向こうは夜くらいかしら」 ハクに問いかけるように言うと、ハクは頷きを返した。 「今のうちに帰った方がいい。理に沿っているから湯婆婆も文句は言わないと思うけど、それでも長居をすれば何が起こるか分からないから」 そして、ハクの視線が雪奈に向けられる。 「どうしても来たいのならば、また私も方法を考えておくから。今日のところは帰った方がいいよ」 そうして優しく微笑みを浮かべた。 「………………」 「………………」 「………………」 それをまともに向けられた雪奈はもちろんのこと、その隣にいた麻衣子、見慣れている筈の千尋までが頬を赤くしてぼーっとハクを見つめて立ちつくす。 「………全く……」 覚は「はぁ」と盛大なため息をつくばかりだった。 さて。 それから数日が過ぎた。 「はい」 学校にて千尋が雪奈に何かを手渡した。 「え、なに?」 それを聞きつけて覚や麻衣子もよってきた。 「あの湯屋のご招待券。湯婆婆を説得するの、大変だったんだからね?」 やや疲れ切った様子の千尋とは逆に、雪奈の方の瞳は輝いている。 「いいのっいいのっ!? 行っていいのね、ちーちゃん!!」 「とある方が口添えをしてくれたから……ただくれぐれも騒ぎは起こさないでね?」 「大丈夫なの、千尋?」 「無理すんなよ? あのハクって人に迷惑がかかってんじゃないのか?」 心配そうな覚や麻衣子の言葉に、千尋は曖昧な笑みを浮かべるしか出来なかった。 そうしてやって来た湯屋は、初めての人間の客に一種張りつめた雰囲気で満ちていた。 他に客の気配はない。 「さすがに湯婆婆も他の客と一緒にする訳にはいかんかったようじゃの」 「翁……笑い事ではありません」 現在の湯屋の唯一の客である「翁」――――川の主は、上から玄関の様子を眺めていた。 その隣にハクが立っている。 「確かにここは「人間によって汚された精霊たちが体を癒しに来るところ」ですから……そこに人間が客として来たとなれば、店の信用問題にもなりますし。人間を喰らおうとするものも出てくるでしょうから……湯婆婆としては最大限に譲っていると思います」 「確かにな」 「それに……翁のお口添えもあっては、湯婆婆としてもむげに断れませんし」 「ふぉふぉ……わしはあのお嬢さんが気に入っているのでな」 そうして入ってくる人間の客―――ハクも良く知るあの三人と、千尋とに視線を向ける。 「………何事もなければいいけど」 ハクはそう呟かずにはいられなかった。 「凄い……こんな旅館ないよね」 物怖じせず辺りを眺めまくっている雪奈と、反面まわりの緊迫した雰囲気にのみこまれてしまっている麻衣子と覚と。 「今日は私もお客で構わないって言われたから……何かあったら何でも言ってね」 多少緊張はしているものの、何年も働いている場所だからか余裕が見える千尋と。 その4人が頂点高い結構豪勢な部屋でくつろいで(?)いた。 「御飯とか美味しいのかな? 楽しみよね、みんな!」 喜々として振り返る雪奈に、麻衣子と覚はげっと声を上げた。 「……この状態で楽しみに出来る雪奈の神経を疑うわ」 「この館全体が緊迫したムードに包まれてるの、わからないのか……?」 そんな三人のやりとりを、千尋は黙って見ているしか出来なかった。 (………私だけで雪奈を押さえられるかなぁ……みんな、かなり神経過敏になってるからなぁ……) 千尋と仲が良くそこまで人間に偏見のないリンですら、人間の客という事でかなり警戒をしていたのだ。 他の使用人は言わずもがな。 おそらく今日三人の相手をしてくれるのは――――― 「いらっしゃいませ」 その声と共に入ってきたのはハクだった。 「きゃーハクさん!! 会いたかったぁ!!」 抱き付こうとした雪奈の首根っこを掴んで止めたのは、麻衣子だった。 「雪奈。ハクさんは千尋の恋人だって説明したわよね?」 「わ、わかってるってぇ……今のは挨拶よ、挨拶……」 ふてくされたような雪奈の物言いに、ハクが吹き出す。 それから居住まいをなおし、表情を引き締めた。 「人間のお客は初めてなので、色々と不都合もあるでしょうが……今日はゆっくりとしていって下さい」 「ハク……私が接待をした方がいいかな? 皆……」 人間の相手は嫌だ、という言葉は自分も人間である手前言いづらく、千尋はごにょごにょと口ごもった。 「大丈夫。今日は他に客もいないから」 そう言って出て行くハクを見送り、千尋はちょっとため息をついた。 「いいの? 千尋……」 麻衣子が心配そうに話しかける。 「うん。ハクがああいうなら大丈夫だから」 それは本当のこと。 それならばハクに任せるしかないだろう。 千尋はそう考えて、今日は客として思い切り楽しむ事に決めたのだった。 |