神の花嫁
Sacrifice〜
その1









―――――神と人間との恋は、うまくいかない。

一つ目は種族が違うから

二つ目は寿命が違いすぎるから

三つ目は―――――――









ハクは長い廊下を歩いていた。

湯婆婆の元に向かう、長い長い廊下。

一歩一歩踏みしめながら、確実に湯婆婆のところへと近づいていく。

今日が契約の最後の日。

ハクが、湯婆婆の呪縛から逃れられる日だ。

しかし、あの強欲な湯婆婆がそう簡単にハクを手放すつもりがないであろう事もわかっている。

きっと何か無理難題を言ってくるに違いない。

だが、ハクもそう簡単にひく訳にはいかない。

契約の破棄は、ハクがずっと待ち望んだものなのだから。



千尋に、会うために









「来たね‥‥ハク」

湯婆婆は現れたハクの姿を見て、不敵に笑った。

ハクは無言で部屋に入ると、じっと湯婆婆を見つめた。

「――――今日が、契約の日だね。あんたが忘れてる事はないだろうが」

湯婆婆はたくさんの書類の中から一枚の紙をとりだした。

そこには、ハクの本当の名前が書いてある。

その紙が消えれば、ハクははれて自由の身となる。

もうこの湯屋でこき使われる事もない。

「だが‥‥そう簡単に契約を破棄する事は出来ない。それはわかってるだろうね?」

念押しをするような湯婆婆の言葉に、ハクは短く「はい」と答えた。

最後の試練がある。

千尋が両親を見つけだせなければ帰れないと試練をつきつけられたように。

自分にも試練があるであろう事くらいハクには分かっていた。

「――――どんな試練を受ければ良いのでしょう」

姿はまだ少年でありながら、湯婆婆に動じる事なくまっすぐに見据えてくる。

それが湯婆婆には面白くなかった。



ハクが神の眷属である事は名から分かっていた。

しかし少年の姿をとっている事からも、まだ幼い神である上にその力がじょじょに失われつつあるというのがわかる。

その力を補うために、湯婆婆の元に弟子入りしたいと言って来たのだろう。

しかし反対に名を取られた事で、ハクは自分自身を失い、湯婆婆の言う通りに動く傀儡となり果てたのだった。

あの時までは確かにそうだった。

人間の娘が来るまでは。

そう。

あの千尋という娘と出会ってから、感情も記憶も何もかも失っていたハクが、突然神としての威厳を取り戻し始めたのだ。

ハク自身も忘れていた、ハクの本当の姿を覚えていた千尋によって。

そして、そのハクはその娘の元にいきたいと言う。

そのためならばどんな事でも甘んじて受けるとまで言い切るハクが、湯婆婆には理解出来なかった。

たかだか人間の小娘一人にほだされるとは、川の神も地に落ちたものだ。



神や精霊と人間の恋は、その殆どがうまくいかない。

神々と人間の間には、変えられぬ、越えられぬ昔からの仕来りがあるからだ。

ハクとて神の端くれ、それを知らないはずがなかった。



――――おまえに、あの娘を愛する資格はないよ。