神の花嫁
〜Sacrifice〜
その2
「最後の試練だよ。そっちの扉をあけな」 湯婆婆が指し示す扉の前にハクは立った。 そっと、その扉を開いていく。 中は暗く――――何があるかもわからない。 気配を探ろうにもこの部屋には湯婆婆の力が働いているらしく、ハクの力をもってしてもわからなかった。 「よく目を凝らしてごらん。見えるはずだよ」 言われるままに目を凝らすと――――部屋の中央に薄ぼんやりと見えて来た。 誰かが倒れている。 もっとよく見ようと一歩踏み出して―――――ハクは息をのんだ。 心臓が止まってしまうかのような衝撃を受けて立ちつくす。 「――――――千尋‥‥‥!?」 千尋が倒れている。 ぐったりと意識をなくして、そこに倒れ伏している。 「千尋ッ!!」 駆け寄ろうとしたハクは、間に仕切る透明な壁のようなものに阻まれて立ち止まらざるを得なかった。 手で叩いてみるが、その壁は頑丈そうで叩いたくらいではビクともしない。 一瞬破壊しようかとも考えたが、そうすれば向こう側にいる千尋も無事ではすまないだろう。 ハクはきっと湯婆婆を振り返った。 「―――これは‥‥これはどういう事ですか!!?」 口調こそまだ丁寧だが、ハクの口調にはハッキリと憎悪が混じっていた。 「――――千尋を傷つけたら‥‥いくら湯婆婆とはいえど、許さない‥‥!!」 怒りに我を忘れ逆上するハクを、湯婆婆は冷たく見下ろした。 「傷つけてなんかいないよ。あれが、あんたの最後の試練だ」 「―――試練‥‥?」 「そう」 いぶかしげに反芻するハクの横を通り過ぎ、湯婆婆はすっと手をかざした。 パリン‥‥ 人の耳には聞こえない―――しかしハクにはハッキリと聞こえる、壁が割れる音が頭の中に響く。 そのまま湯婆婆は何事もなかったように千尋の元へとすーっと近づいていった。 「さ、おいで。あんたの愛しい千尋だよ」 湯婆婆が何をたくらんでいるか分からない。 だが―――このまま千尋を放っておけもしない。 ハクは言われるがままに湯婆婆に近づいた。 「意識を失ってるだけだよ。話しかけてごらん」 湯婆婆をにらみ付けていたハクだったが、埒があかないと思ったのか、ひざまづき――――そっと千尋を抱き起こした。 懐かしくて、愛しい千尋。 もう何年会っていなかっただろう。 会いたくて会いたくて ただそなたの元にいきたい それだけが今の私を突き動かしている 千尋は、ハクの記憶の中の彼女よりも成長していた。 身長はのび、体つきは大人のそれに変わりつつある。 頭の少し高いところで結われた髪を結ぶのは、銭婆から貰った髪留め。 「千尋‥‥‥千尋」 ハクが優しく頬を叩くと、千尋は微かにうめいて―――ゆっくりと目を開けた。 「んん‥‥」 思ったよりも元気そうな様子に、ホッと安堵する。 が。 ハクを見据えたその黒い瞳は――――不思議そうに瞬いた。 「――――あなたは、誰‥ですか?」 「‥‥‥ち、ひろ‥‥?」 千尋は、ハクの事を覚えていなかった。 |