神の花嫁
〜Sacrifice〜
その19
一週間ほどがたち。 千尋の体はほぼ前の通りに回復した。 見た目は全く変わりがない。 ハクは既に仕事に戻っていたし、起きあがれるようになってからは千尋も軽い仕事はこなすようになっていた。 「‥‥‥‥おまえが半妖になったとはねぇ‥‥」 リンはしみじみと千尋を見つめた。 「確かに感じる気配はちょっと違うけど‥‥でもそれほどに変わったって感じはしないんだけどなぁ」 「私もそんなに変わったって感じはしないんだけど」 儀式が終わった後はあれだけ敏感に感じていたハクの感情も、慣れたのかそんなに強くは感じなくなった。 ただ、銭婆に念を押されたことはある。 「ハクと離れちゃだめだよ。あまり自分の半身と離れると色々と異常を来すからね。あたしと湯婆婆がそうであるように」 これからどのくらい生きるのかわからないけど。 その間ずっとハクとともに生きていくのだ。 幼い千尋にはそれがどういう意味をもつのかはわからなかったが―――――少なくとも悪い気分はしなかった。 けど 「千尋」 ハクに呼ばれた千尋は「はい」と返事を返した。 「湯婆婆のところに呼ばれているんだ。‥‥千尋もおいで」 ハクが千尋を伴って湯婆婆の元に行くと言ったことはなかった。 「私も‥‥関係あることなの?」 「うん」 そう言われると拒絶も出来ず、千尋はハクについて歩き出した。 「来たね‥‥ぁあ、千尋も一緒かい」 「あの‥‥私来て、良かったんでしょうか」 どうも場違いな気がして千尋がそう言うと、湯婆婆は頷いた。 「おまえにも関係あることだ。そこで聞いときな」 千尋は頷くと示された場所に立ち、不安を隠せない表情で湯婆婆とハクとを見つめた。 「色々と騒動があってすっかりのびのびになってたけど、おまえの契約についてだ」 「はい」 ハクは無表情のまま頷く。 「千尋の記憶を取り戻す‥‥‥ということだったが、結果としては千尋が自分で記憶を取り戻しにいっちまったからねぇ」 本来の目的は別にあったのだが、「最初に」明示された試練としては「記憶」を取り戻すであったから、結局試練は失敗に終わったことになる。 「事情が事情だし‥‥結果として千尋は生きてるんだし、最後の温情をかけてやろうじゃないか」 湯婆婆はキセルを取り出すと火をつけて、ゆっくりと煙を吐き出した。 「どうだい。受けるかい」 「はい」 ハクはゆっくりと、しかししっかりと頷いた。 「じゃ最後の試練だ」 湯婆婆の視線が千尋の方に向く。 どき‥‥としながらも、千尋は湯婆婆の目を見つめ返した。 「ハク。人間界に行って千尋の周りの人間たちを調べておいで。もし千尋の事が問題になっているようだったら、記憶を消してきな。色々と騒がれるとこちらにも影響があるからね」 「!!」 そんな、と言いかけて千尋はぐっとこらえた。 お父さん お母さん 学校の友達 近所の人 みんな みんな 私のことを忘れてしまう 「それが終わったらおまえらを無罪放免にしてやるよ。何処へなりとも行くがいい」 湯婆婆の部屋を辞して エレベータの前でぴたりと千尋が立ち止まった。 今の千尋がひどく動揺しているのがハクにも伝わってくる。 「千尋‥‥‥」 「みんな‥‥私の事忘れてしまうの?」 何とか慰めたくて手をのばしかけたハクは、手をとめた。 自分に千尋を慰める資格はない。 千尋を人間ではない別の存在にしてしまったのは自分だ。 どんな姿になっても どんな存在になっても ただ千尋をそばにおきたいと願ったのはハク。 その結果 千尋は全てを失ってしまった。 「‥‥分かってるの‥‥ごめんね、ハク。ハクが悪い訳じゃないの‥‥ただ‥悲しいだけ」 ハクの気持ちも千尋に伝わっているらしく、千尋はただただ謝罪の言葉を述べる。 だからよけいに ハクは千尋に触れられなかった。 |