神の花嫁
〜Sacrifice〜
その20
橋の上。 ハクが人間界に行ってしまうのを千尋は黙って見送った。 今更声をかけるのもはばかられたし、変に言葉をかけてもかえってハクを苦しめそうな気がしたし。 結局、ハクも何も言わなかったし、千尋も何も言わなかった。 そんな二人を見ていたのは、坊だった。 「ハク、行ったのか」 「うん。明日には戻ってくるって」 「そうか」 言葉がとぎれる。 「‥‥千」 先に静寂を破ったのは坊だった。 「油屋を出ていくのか?」 「‥‥‥ハクが出ていくって言うんだったら、それについてくよ。私とハクは離れて生きていけないんだし」 「‥‥‥そっか」 再び言葉がとぎれる。 風が大地を渡る音が、橋まで聞こえてくる。 今度は千尋の方から話しかけた。 「‥‥色々ありがとう、坊。坊にはホントに助けて貰ったね、色々と」 「坊がしたかっただけだから、千は気にする必要ない」 「ううん‥‥でも、私、坊になんにもしてあげられないね‥‥」 これから自分はどうすればいいんだろう。 人間でなくなって 人の世界で生きる事も出来なくなって かといって、ハクのように名のある神でもなく、力がある訳でもなく ただ このまま朽ち果てていくのを待つだけなんだろうか 何十年も 何百年も ずっとこの姿のままで 「ある」 「え?」 「千が坊に出来ること、ある」 千尋はキョトンとして坊を見つめ返した。 「笑って。千が笑ってくれたら坊は嬉しいから」 思ってもみない言葉に、千尋は言葉もない。 「千が人間じゃなくなったのって、坊にはよく分からない。凄く大変な事なんだって釜爺から聞いたけど‥‥でも千が今生きていてくれるの、坊は凄く嬉しいし‥‥それに千が笑ってるのが一番好きだから‥‥」 だから 「笑って」 「坊‥‥‥」 ついつい涙ぐんでしまった千尋に、坊はムッとした表情。 「何で泣くんだ。坊、笑えって言ったぞ」 「ん‥‥そうだね‥‥ごめんね」 千尋は涙をぬぐって微笑んだ。 微笑んでいればきっと。 きっと心も明るくなる。 くよくよしてても仕方ない。 「‥‥‥あと」 坊はそっぽを向いて、ぼそっと呟いた。 「‥‥一年に一回でいいから、坊に会いに来てくれれば‥‥もっと坊は嬉しい」 ぶっきらぼうな言葉を聞き取り、千尋はそっと手をとった。 「来るよ‥‥坊に会いに来る。約束する」 ようやく笑ってくれた坊の手をきゅっと握りしめる。 坊のストレートな好意が嬉しい。 千尋はにじんでくる涙をそっと拭った。 |