新婚さんいらっしゃい
その1
130000キリ番作品
人妻 という言葉は、その言葉の持つ意味以上の響きを秘めている。 そして若干16歳の千尋は、その言葉をかけられるに相応しい存在となっていた。 そう。 千尋は人妻なのであった。 「お~~~い、奥さーん」 リンの声に、千尋は猛ダッシュでかけてきて、リンの口を手でふさいだ。 「むが‥‥」 「そんな事大きな声で言わないでよっ、恥ずかしいっ!!」 「もがもが」 強い力で口を封じられて言葉が喋れないリンが何か訴えている。 千尋がちょっと力を緩めると、リンは「ぷはっ」と息をついた。 「千、力強ェなぁ」 「そんな問題じゃないでしょっ! その呼び方やめてって何度も言ったでしょリンさんっ」 リンは何処吹く風で耳をぽりぽりとかいている。 「だって奥さんじゃん。ハクと結婚したんだろ?」 「そうだけどぉっ‥‥」 千尋が16になった年、ハクは千尋に結婚を申し込んだ。 昔の時代で考えれば16というのは既に子供もいてもおかしくない年齢。 とはいえど今の時代は16はまだまだ子供として扱われる年で、結婚は何とか出来るものの保護者の同意がなければ難しい。 しかも千尋にはあの過保護な父親がついているのだ。 あの父親をどうやってハクが説得したのかというのは、未だに湯屋の謎としてまことしやかに囁かれている。 しかしようやく結婚をしたものの、千尋に人妻になったという自覚は全くない。 相変わらず湯屋でバイトをしながら高校に通い(当然学校には結婚している事は内緒である)、毎日を忙しく過ごしているのだ。 「頼むからその『奥さん』って呼び方はやめてね? 今度呼んだら怒るからねっ」 「はいはい」 「で用事はなに?」 「ああ。父役が呼んでた」 千尋はさぁっと青ざめた。 「何でそれを早くいってくれないのぉっ! すぐ行かなきゃ怒られるじゃないー!」 千尋がどびゅーん、と突っ走って行くのを見つめ、リンはぽりぽりと頭をかいた。 「‥‥‥ホントに人妻になったんかねぇ、あの様子で‥‥」 客が皆部屋に戻った後、千尋は1人床をきゅっきゅっと磨いていた。 「千尋」 振り返ると、そこにはハクが立っていた。 「お疲れさま、千尋。疲れてない?」 「大丈夫。もうちょっとで終わるからね」 まだ仕事が残っている為に、再び仕事に戻った千尋を――――ハクは後ろから抱きしめた。 「きゃ‥‥」 「随分と体が冷えてるね。冷えは女性の体には良くないよ?」 と言いつつハクの手が千尋の腹部に回る。 「く、くすぐったいからそういうトコを撫でないようにっ!!」 千尋がむにゅ、とハクの手の甲をつねると、ハクはそう大して痛くもない筈なのに「いたた」と声をあげた。 「酷いな千尋。私はただ千尋を温めてあげたいと思っているだけなんだよ?」 「それは有り難いけど、今はそういう事してる場合じゃないでしょうっ。私まだ働いてる最中なんだよ? 上司が邪魔してどうするのっ」 「ああ、ならもう仕事はこれで終わっていいよ。私が許す」 「そんな問題じゃっ‥‥‥」 叫びかけた千尋は、クスクスという笑い声にはっと視線を向けた。 そのとたん、かぁぁっと赤くなる。 「相変わらずじゃのおぬしたち‥‥」 ハクは反対にムスッと不機嫌になった。 「しかし、仕事くらいはさせてやらぬと、この湯屋での千の立場が悪くなるぞ。そのくらいは理解出来て当然と思っていたがのぅ、コハク?」 「‥‥何のご用でしょうか?」 ハクの冷たい物言いにも動じず立っている人物は―――――咲耶姫だった。 「いや、千の騒ぐ声が湯殿の外にまで聞こえて来たのでな。つい見に来てしもうたわ」 絶対に、嘘だ。 あらかじめ二人がいるのが分かっていて、様子を見に来たに違いない。 「‥‥結婚したと聞いていたが、結婚する前とそう大して違ってないの」 「別に婚姻したからといって私たちの本質が変わる訳ではありませんから」 ハクのトゲトゲしい言い方も気にならない様子で、咲耶はにこにこと微笑んでいる。 「それはそうじゃ。‥‥で、子はいつ作るのじゃ?」 千尋が何か言おうとしたのを察して、ハクがぱっと千尋の口をふさぐ。 「もが‥‥」 「言われずとも励みますので」 励まされるのは誰よっ! という千尋の叫びは、ハクの手に阻まれて聞こえない。 「せいぜい千の体をこわさぬ程度にな?」 と咲耶はからかいを含んだねぎらいをかけて、湯殿から出ていった。 それを口をふさがれたまま見送り、千尋はまたもがもがともがき始めた。 「ああ、ごめん。苦しかった?」 ハクの手が離れたとたんに、千尋はつんとそっぽを向いた。 「‥‥‥今日はダメだからねっ。明日も朝早いんだからっ」 「そんなつれない事を言うのはこの口かな‥‥?」 ハクの指が千尋の唇をなぞる。 ついついほだされそうになって、千尋はぐっと下肢に力を込めた。 「‥‥ダメだよ、そんな風に言っても」 「じゃ、一緒の布団で眠るくらいは許してくれる?」 千尋はう‥‥と考え込んで、小さくこくっと頷いた。 「それくらいなら‥‥‥」 「じゃあ行こう。もうこんなに手足が冷え切っている‥‥温めてあげるよ」 と腰に手を回してくるハクに、千尋は一抹の不安を覚えた。 ―――――ヤバかったかな、コレは。 その千尋の不安は、大当たりとなる。 |