永遠の瞬間
1
このごろ、体が重い。 どこか体が悪いということもないのに、動くのが億劫。 上を見れば太陽がもうてっぺんから傾きかけている。 もうすぐ千尋が来る。 こんな姿を見せる訳にはいかない。 ハクは目を押さえてため息をついた。 「ハク―――――っ」 元気な声でハクを呼ぶ声に、ハクははっと立ち上がった。 その姿に先ほどまでの気怠さはない。 「千尋‥‥‥学校は終わったの?」 「うん!」 元気よく頷く千尋の額に汗が浮かんでいる。 学校からここまで走って来たのだろう。 「ほら、お水」 ハクが差し出す竹の筒に入った水を千尋は受け取っておいしそうに飲み干した。 「あー、おいしい。ありがと、ハク!」 いつまでも この少女を見守っていたい。 ただそれだけが願い ――――外には何も望まないから。 ―――――コハク。 はっ‥‥と目を覚ます。 月は見えない。 晦(つごもり)と呼ばれる月のない夜。 真の闇が、ハクの目の前にある。 その中から呼ぶ声。 ―――――コハク。聞こえておるのじゃろう? 「‥‥主、ですか?」 ハクの答えに、声が満足そうに笑う。 ―――――覚えておったようじゃな。 「忘れることはありません‥‥我が身が神ならぬものとなっても、私は眷属に変わりありません、我が長よ」 深々と頭を垂れるハクの髪がさら‥‥と風に揺れる。 ―――――ならば問おう。そなた、自らの体の変調に気がついておるな? 「‥‥はい」 ―――――それが進めば、どうなるかは、知っておるか? ハクは押し黙った。 たった一つの可能性に気がつかないはずはない。 でも 認めたくない。 ―――――コハクよ。現実から目を逸らすな。それがそなたの現実だ。 「――――やはり、私は消えるのですね」 消える。 死ぬよりも、離れるよりも、恐ろしい現実。 何も残らない。 ただ残るのは、自分がここにいたという思い出だけ。 それすらもこの人の世では薄れていく。 ――――――そこまでわかっていて、なぜ何もしない。 「‥‥‥‥‥‥」 ――――――そなたの力をもってすれば、たやすいこと。 「‥‥‥‥‥‥」 ――――――そなたに想いを寄せるあの娘。あの娘を食らえばそなたは100年は生き長らえよう。汚れを知らぬ娘の血は、我らにとっては極上のもの。 ハクはかぶりを振った。 今言葉を開けば、何を口にするかわからない。 ――――――あの娘の想いだけでは、そなたは生きてはいけない。神は崇め奉る者がいてこそ、初めて存在できる。その依り代となるべき川を失ったそなたは、その存在を維持するだけでも相当の力を必要とするのだ。あの娘を食らわぬ限り、存在することもできない。 ハクはただ、首を横に振るばかり。 「‥‥‥できません。できない‥‥確かに体は生き長らえるでしょう。しかし‥私の心は死にます―――永遠に」 長は、何も応えない。 「あの娘を失って生きるよりは―――私は消えるほうを選びます」 ――――――それが答えか。 「‥‥‥はい」 こうなることを知っていて、この世界に来たのは自分。 それでも、一緒にいたかったから。 たとえ少しの間でもいいから―――― 主の気配が消え ハクは自分が一人になったことを知った。 いつ消えるのか 明日なのか 一週間後か 一ヶ月後か いつまで千尋を見守っていられるのだろう 自分が消えることよりも何よりも 千尋に会えなくなることのほうがこわい ハクは疲れ切った体を大木にそっ‥ともたれかけさせた。 |