永遠の瞬間









「ねぇ‥‥ハク」

千尋がハクに話しかける。

瞳に不安そうな影を宿して。

「ん‥‥なに?」

本を読んでいたハクは、努めて冷静に返事を返した。

「体の具合、悪いの?」

「え‥‥」

「顔色よくないし‥‥このごろあんまり動こうとしないでしょ。具合悪いんじゃない?」

「私はいつもと変わらないよ」

「――――そう‥かなぁ‥‥」

「そうだよ? 千尋の考えすぎだ」

千尋は納得しきれてない様子だったが―――やがて頷いた。

「うん‥‥ハクがそう言うなら、そうなんだよね‥‥」

千尋はハクに手をのばし―――ハクの頭を自分の胸に抱きしめた。

「千尋‥‥?」

「どこにも行かないでね、ハク。約束よ‥‥ずーっと、そばにいてね‥‥」



のどまで言葉がでかかっている。


それを、ハクは呑み込んだ。





「―――――約束するよ、千尋。そばにいる」









空を見上げれば、まばゆいほどの月の明かりが空を照らしている。

「‥‥ん‥」

千尋は部屋のベッドでぐっすりと眠っていた。

少し暑いから‥‥とわずかにあけた窓から入る風が、カーテンを微かに揺らしている。

そのカーテンが突然ふわり‥‥と舞い上がった。

カーテンを押しのけるようにして――――人影が月明かりの中に浮かび上がる。

その人影が――――辛そうに、一つの名を呼ぶ。

「―――――千尋」



眠る千尋に近づき、そっと頬に手を触れさせる。

ぴく、と反応するも―――――起きる様子のない千尋に、ハクはそっとその額に口づけを落とした。


―――――約束。

その鎖が、融けていく。

千尋に誓ったはずの、誓いが。



「‥‥千尋‥‥‥」

もう名を呼ぶこともない。

触れることもない。

声を聞くことも――――――





「‥‥ハク?」

突然答えが返って来て、ハクはびくっと身をすくめた。

「‥‥どうしたの? こんなに遅く‥‥‥」

「あ‥‥」

千尋が不思議そうにハクを見つめている。

「い、いや‥‥」

ハクは曖昧に微笑んだ。

「ちょっと―――顔が見たくなって」

「そうなの‥‥? でも、明日も私行くよ?」

「うん‥‥」

ハクは千尋の手をとると、ぎゅっと握りしめた。

「いたた‥‥ハク、痛いよ」

千尋の言葉も聞こえぬように、ハクはただ千尋の手を握りしめる。

「――――ハク‥?」

「千尋‥‥‥今まで、楽しかった。千尋と出会えて良かった‥‥」


そなたと出会えたから、私は色々なことを知ることが出来た。


嬉しいという感情も

楽しいという感情も

苦しいという感情も

悲しいという感情も

そのどれもが、すべて千尋が教えてくれたものだ。


「ハク‥‥な、なに‥‥? 今日でお別れみたいなこと言わないで」

「どうしても‥‥‥言いたかった。‥‥有り難う、千尋」

「ハク!!」

千尋はハクの手をふりほどいた。

「どうしたの! おかしいよ、ハク‥‥! 何かあったの!?」

心配と不安が最高潮に達したのか、千尋はハクを不安そうに見上げている。

「ねぇ‥‥どうしたの‥‥話して? 聞くくらいなら出来るよ?」

ハクはいつもの表情を取り戻して、首を横に振った。

「ごめん‥‥ちょっと、夢を見たから‥‥それで」

「夢‥‥?」

少し納得したのか、千尋の様子が落ち着いてくる。

「夢‥‥見たの?」

「うん。ごめんね、遅くに‥‥‥」

ハクは微笑むと、そっと――――千尋の額に口づけした。

「お休み千尋‥‥‥」

「ハク‥‥‥」

急速に意識が遠ざかり始める。

さっきまであんなに目が冴えていたのに。

ハクの姿がぼやける。

「ハク‥‥」

千尋はぐったりと‥‥ハクにもたれかかった。





魔法で眠ってしまった千尋をそっとベッドに横たえる。

横たえる自分の手を見て――――ハクはぎょっと目を見張った。

手が―――透け始めている。

もう時間がない。

千尋の額に手を当てる。




「――――そなたの内なる風と水の名において‥‥時の彼方へ、忘却せよ」





ぱぁ‥‥っと光が弾け、すぐに消える。





それを確認して、ハクは千尋の手を握りしめた。

「――――私は、ずっとそばにいるから」

たとえ、体はなくしても

千尋がすべてを忘れてしまっても

それでも


千尋の手を握る自分の手が透けてくる。

意識が薄らいでくる。



最期の瞬間まで、千尋と一緒にいたい。


ハクはゆっくりと目を閉じた。














チチチ‥‥という鳥の声で、千尋は珍しく目を覚ました。


「ふぁーー‥‥」

大きくのびをする。

そして――――

「ん?」

千尋はベッドのすぐ脇に何か落ちていることに気がついた。


拾ってみる―――――

「なに? これ‥‥」

白く薄い膜のようなもの。

でも、なぜかこれを見たとたん―――涙が出てきた。

「白い花びら‥‥‥みたい」

千尋はそれを――――大切そうに抱きしめた。












「千尋」

病院のベッドで横になっていた千尋は――――現れた人に顔をほころばせた。

「あなた、遅いわよ」

「悪い悪い、仕事抜けられなくて。で‥‥」

「この子よ」

千尋は身を起こして――――隣のベビーベッドで眠っている赤ん坊をそっと抱き上げた。

「可愛いでしょ? 男の子よ」

自分の夫が赤子をのぞき込んできて破顔するのを、千尋は微笑んで見つめている。

「で‥‥名前はどうするんだ?」

「私、名前考えてるの。それ‥‥ダメかな?」

「ん? なんて名だ?」

千尋は赤子の頬を撫でた。

「琥珀。コハク―――――そう名付けたいの。いいかなぁ‥‥」

「琥珀‥‥‥ねぇ。ちょっと女の子みたいだけど、まぁいいんじゃないか?」

千尋はたった今琥珀と名付けられた赤ん坊を愛しそうに抱きしめた。

「琥珀――――早く大きくなってね」


そして―――早く私とお話しよう。




千尋の胸元で、あの白い鱗が鎖に繋がれて微かな光を放っていた。






END



那岐子様のサイトの小説「Foehn」を読み、こういう話書きたいなぁ‥‥というところから出来た作品です。でもBADなままなのはどうしても嫌で‥‥一応救いはつけてみました。救いになってないけど(爆)。自分で書いてて何ですが私こういう「別離」とかそういうのダメなんです〜〜すぐに涙腺ゆるんじゃって(^^; タイタニックもだーだー泣いちゃったし(爆)。那岐子様に捧げます。返品不可(まて)。




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