Suspended animation
その1

99000HIT キリ番作品








「おーい、千」

「はーいっ」

名を呼ばれてぱたぱたと駆けていった千尋は、「げ」と立ち止まった。

おねえさまの後ろに――――カオナシが立っている。

おねえさまは泣きそうな顔である。

前にカオナシが周りの従業員を食った事は皆覚えているから当然だろうが。

「‥‥あー」

カオナシははい、と手に持っていた可愛い包みを差し出した。

「え‥‥これ?」

私に? と千尋が自分を指さすと、カオナシはうんうんと頷いた。

「わざわざ持ってきてくれたの?」

「あー」

またもやうんうんと頷くカオナシに千尋は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがと、貰うね。中身はなんだろう‥‥?」

かさかさ、とあけてみると、中からは美味しそうなクッキーが出てきた。

「わー! これ、カオナシが作ったの? 美味しそう‥‥」

嬉しそうな千尋にカオナシも満足そうである。

「だ、大丈夫ぅ‥‥?」

おねえさまがおそるおそる覗き込む。

「大丈夫ですよ。良かったら食べます?」

「い、いや‥‥それは千が貰ったものだから、千が食べな?」

「そうですか‥‥?」

千尋はそう言うと一つ摘んでぱくっと口に入れた。

「‥‥ん、美味しい」

続けてぱくぱくと食べる千尋に、おねえさまはもう一度「大丈夫?」と問うた。

「大丈夫ですってばぁ」

おなかがすいていたのか、千尋はあっという間にクッキーを食べ尽くしてしまった。

「ありがと、美味しかったよ」

「ぁ」

カオナシはこくこくと頷くと、銭婆のところへと戻る為かきびすを返した。

「おばあちゃんにもよろしくって伝えてね!」

その言葉にカオナシは手をあげて応えると、すー‥っとその姿を消していった。



それが、一昨日の話である。




そして今日。

昼過ぎの女部屋から悲鳴が聞こえて来た。



「何事だ!」

ハクが男衆と共に女部屋へとやってくると。

「ぁ、は、ハクっ!」

リンが珍しく狼狽えた様子でハクに飛びついて来た。

「どうしたのだ、リン」

リンの様子がおかしい。

ハクが眉をひそめながらそう問うと、リンはとんでもない事を訴えて来た。

「せ、千が。千が息してねぇんだよ!!」




ハクが仰天してぐったりと横たわっている千尋に飛びついた。

口に手を当ててみるが、確かに息が当たらない。

体は温かいが、体に宿る筈の魂が感じられないのだ。

「‥‥魂が抜けているな」

おそらくつい先ほどまでは体も動いていたのだろうが、魂が離れてしまっている間に動きを止めてしまったに違いない。

「いきなりこの様な状態になる筈がない。誰か、ここ数日で千が何かしたとか‥‥知る者はいないか?」

その言葉に1人の湯女が進み出てきた。

カオナシとの場に居合わせた、あの湯女である。

「あのぅ‥‥千が一昨日、カオナシにお菓子を貰って食べていたんですけど‥‥」

カオナシ、という名を聞いて、ハクはぴきん、と固まった。


―――――あ奴か!!


ハクはリンに向き直ると、千尋の体を預けた。

「カオナシの元に行ってくる。その間千を頼む」

「あ、ああ‥‥頼むぞ、ハク」

顔を合わせば喧嘩ばかりしているが、いざ千尋に何かあれば一致団結するのがこの二人。

リンに千尋を任せておけばとりあえずは大丈夫だろう。

ハクは足早に玄関まで出ると、そのまま白い竜へと身を変えた。









銭婆の家は灯りがついていて、中に人がいる気配がしていた。

ハクは人の姿に戻ると、ばたん、と乱暴に扉を開けた。


「おや‥‥こちらから出向こうかと思っていたんだよ。そっちから来てくれるとはね」

銭婆は、どうしてハクがやってきたのかというのもお見通しらしく、さほど驚かなかった。

カオナシの姿は――――ない。

「いつもお前が苛めるから、怖がって隠れてしまっているよ、カオナシは」

「理由なくしている訳ではありません」

ハクは苛々とした調子で言葉を続けた。

「私が来た理由も分かっているのでしたら、単刀直入に言います。千尋を治す薬を下さい。カオナシが作った菓子の中に何かが混入していたのは分かっているのですから」




ハクの読み通り、カオナシが作ったクッキィには薬が混入していた。

「魂が抜けている状態? だとしたらこの薬を間違えて入れちまったんだねぇ」

銭婆は棚の中から一本の薬瓶を取り出すと、それをハクに見せた。

「たぶん、これと間違えたんだろう」

銭婆が取り出したのはうっすらと赤い色のついた液体がなみなみと入った瓶。

「これは‥‥?」

「惚れ薬の一種だよ。ここ最近ここらへんでウロウロしていると思ったら、コレを探してたんだね」

ハクはおそらくこの家の何処かにいるであろうカオナシに向けて、ぎんっ! と殺気をとばしてみた。

一度本気で半殺しにしないと行けないかもしれない。

「まぁ私に免じて許してやっておくれ。この薬を含ませれば心肺停止をしていても蘇生可能だからね」

そういって銭婆が手渡した薬は、綺麗な水色をしていた。











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