Suspended animation
 その2

99000HIT キリ番作品








湯屋に戻って来ると、階下はもうすぐ開店の時間らしく、にぎわっていた。

リンだけは女部屋で千尋に付き添っていてくれたが。

「何とかなりそうか!?」

「ああ。薬を貰って来た。これで大丈夫の筈だ」

ハクは千尋を抱き起こした。

呼吸は感じられないが、まだ体は温かい。

ポン、と音をたてて瓶のふたをあけ、千尋の唇にあてがう。

そっと薬の瓶を傾け、薬を流し込んでいく。

「‥‥‥‥」

リンとハクは身を乗り出して、千尋の様子をうかがった。


「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥何にも変わんねぇじゃん」

薬は千尋の体内に入った筈なのに、全く変わりがない。

「薬が違うんじゃねぇか?」

「いや‥‥銭婆の作った魔女の薬だ。効かない筈もないし、間違える筈もない‥‥」

とすると。

「何処かで魂が引っかかって戻れないのかもしれない」

ハクは千尋の手を握りしめると、額をそっと合わせた。

「何する気だ‥‥?」

「意識を呼び戻す。―――後は頼む」

ハクは目を閉じて――――そのまま動かなくなった。

いくらリンが揺さぶっても、全く動く気配すらない。

「‥‥ったくっ! こうなったら見守ってやろうじゃねぇの!」

ハクを起こすのを諦めて、リンは二人を布団にきちんと寝かせるとそこにでん、と座り込んだ。





薄暗い景色が延々と続く。

何処までも、降りていく。

一体千尋の"心"が何処にあるのか――――と目を凝らすも、闇に覆われていて分からない。


――――千尋。


そう呼びかけるが、反応はない。

ここにはいないのか――――


ふ、と。

ハクは目を凝らした。

下の方に微かに光が見える。

そこに千尋がいるかもしれない。

そう感じ、ハクはそちらに向かったのだった。









ぱあっ、と、光がはじけた。

あまりのまばゆさに目を閉じて―――ようやく慣れて来た頃を見計らって目をあける。

「‥‥‥!!」

そこは、湯屋近くの草原だった。

向こうには湯屋が見える。

しかし、湯屋に戻って来た訳ではない。

これは――――

「‥‥千尋の心象風景か?」

辺り一面、緑の草原が続いている。

心地よい風も吹いてくる。

ハクはぐるり‥と風景を見回した。


――――そして


「‥‥千尋」

見つけた。

「千尋‥‥」

草木に抱かれるようにして眠る少女の姿。

10歳の姿の千尋が、丸くなってすーすーと眠っていた。

今はもう16歳になっている千尋が、ここではどうして10歳の姿になっているのか‥‥を疑問に思いつつ、ハクは千尋を揺さぶった。

「千尋、起きて‥‥千尋」

「んー‥‥」

千尋はゴシゴシと目をこすって起きあがり、ハクを見つめた。

「ハク? どうしたの一体?」

「どうしたの‥‥って」

実はかなり危険な状態であるのに、千尋のこの平和な声を聞くと安堵するやら脱力するやら。

きっと、自分が「死んでいる」状態だなんて思いも寄らないのだろう。

「迎えに来たんだよ、千尋。ここで寝ていたら湯婆婆に怒られる」

「もうそんな時間? もうちょっとお昼寝していたかったなぁ‥‥」

言いつつ立ち上がった千尋は、自分よりも遙かに大きいハクをキョトンと見上げた。

「ハク‥‥何時の間にそんなにおおきくなったの? 私とそう背も変わらなかったのに‥‥」

「千尋の方が小さくなっているんだよ」

「そうなの? でも‥‥何か変。ハクの目が凄く高い」

「それよりも千尋‥‥どうしてここにいたんだ?」

ハクの言葉に、千尋はにこっと微笑んだ。

「私、ここが好きなの。怖い目にも遭ったけど‥‥でも、私の全てを変えてくれた場所だから」

――――そうか。

千尋は自分を変えた10歳のあの時を、未だに心に大切に抱いているのか。

だからこうして、時々10歳のこの時に戻って、昔を懐かしんでいたりするのだろう。

「さぁ、帰ろう。リンが困っている」

リンの名を出されて、千尋はぎくっと肩をすくめた。

「大変! リンさん怒らせたら後が怖いんだ! 帰ろう、ハク!」

腕にしがみついて来た千尋に苦笑しつつ、ハクはぐるり‥‥と周りを見回した。

たったそれだけで、草原が、青い空が、湯屋が、闇に溶けていく。

「な、なにこれ‥‥!?」

千尋が怯えたように腕にぎゅっとしがみついてきた。

「千尋が目覚めようとしているからだよ」

「目覚める‥‥‥?」

「そう。早く目覚めなさい、千尋―――――」




景色は全て闇に溶け

そうして

代わりに目に飛び込んで来た景色は――――――



「千!!」

千尋はきょとんとリンを見上げた。

「‥‥リンさん?」

「ああ、良かった‥‥‥一時期はどうなるかと思ったぜ!?」

ぎゅ、と抱きついてくるリンを受け止めて、千尋はふと反対の方向に見た。

そこには、ハクがきちんとした佇まいで座っていた。

「お帰り、千尋」

その言葉が妙に心にしみて――――千尋は自分でもそうと思わずに、言葉にしていた。

「ただいま‥‥ハク」








さて。

その後カオナシが原因不明の重体に陥ったという噂が湯屋に流れてきた。

「大変っ!! お見舞いに行かなきゃ!!」

と慌てているのは千尋のみ。

後の従業員たちは「‥‥報復したか」と心の中で皆思ったと云う。







END

遅くなりました(汗)。99000キリ番です。千尋が仮死状態になるというリクでしたので、仮死状態になったら普通見るのはお花畑だろう(謎)というあたりから話を作ってみました。見たのは草原でしたけど(笑)。
ハク、実はブラックなんですけども全然ブラックっぽくないですねぇ。看板に偽り有りかも(爆)。




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