天壌無窮
その1

86000HIT キリ番作品








空から星が降ってくる夜。

世の中は今か今かとその時を待っていた。

千尋もその1人である。

しかしほかの人と違っていたのは、既に星が綺麗に見える場所を確保していた事であろう。

全世界の人の誰も見られない美しい星空。

千尋は唯一の人間としてその星空を独り占め出来るのだ。

普段星にはあまり興味がない千尋でも、今回の流星群は楽しみにしていた。



「何かね、少なくて1時間に300個くらいは降るらしいよ?」

「すごーい! 2年前の流星群は少なかったから、今度こそは!」

そんな事を話している友人を隣に、千尋は1人にこにこと微笑みまくっている。

「‥‥千尋、あんた明日もう予約してるわね?」

「えっ」

とたんに、友人たちにぐるりと取り込まれた。

「言いなさい? 何処で見るつもりなのかな〜?」

「え、いやその」

「あ、またあのカッコイイ男の子と一緒なんでしょっ!!」

まずい。

矛先が別の方向に向きそうだ。

「荻野、ちょっと来てくれ」

扉が開いて担任が顔を出し、千尋を呼ぶのが聞こえた。

いつもならすくみ上がる担任の声も、今日ばかりは救いの声。

「はいはーいっ! 今行きますっ!」

担任から呼ばれた以上行かさない訳にも行かず、友人たちはしぶしぶ千尋を解放した。

これ幸いにと、鞄を持って駆け出す。

「また来週ねっ!」

と言い残して。







担任の話は成績の事で。

中の上あたりをキープし続けている千尋のこれからの進学の事とかについての話だった。

「今は別に考えてませーん」と軽いフットワークでかわし、学校を飛び出したのはもう1時半を廻ったあたりだった。

土曜日という時間を考えればかなり遅い。

両親には今日は直接バイト先に行くと言ってある。

このあたり、ハクが魔法でうまく調整をしてくれているらしく、疑われた事は一度もない。

「‥‥向こうでご飯食べるのは無理そうだなぁ‥‥」

何処かでかきこんでから向かった方がいいかも。

そのまま山に向かおうとしていた千尋は、先にコンビニに行こうとくるりときびすを返した―――その時。


「千尋」

呼び止められて、千尋は振り返った。

そのとたん、顔がぱぁっと明るくなる。

「ハク!!」





お昼ご飯なら向こうで食べればいいよと促され、山の方向へと歩いていく。

並んで歩くのも、既に日常と化した出来事。

でも、さっきから千尋はある事が聞きたくてうずうずしていた。

「ねぇ、ハク」

「ん?」

ハクがいつもの調子で千尋を覗き込んでくる。

――――どきん、とする。

これは今でも慣れない。

美人は3日見れば飽きる―――というけど、ハクの場合は飽きない。

たぶん、ハクがただ綺麗なだけじゃないからだろうけど。

「なに?」

先を促されて、千尋は口を開いた。

「この前話した事だけど‥‥星が綺麗に見える場所のこと」

「ああ、その事。明日‥‥だっけ? その流星群が降るというのは」

「そう!」



湯屋は異世界にあるので人間世界の空とは違う。

基本的には、人間世界の空で星が降ろうと隕石が降ろうと湯屋のある世界には何の関係もない。

のだが。

そこは千尋にはベタベタに甘いハクの事。

千尋が星が見たい、とリンにボヤいているのを聞きつけて、銭婆に「人間世界の空と異世界の空を繋げる事は出来ないか」と聞きに行って来たのだ。

そして、ほんの数時間ならば「人間世界の空を異世界の空に映す」事は可能だと聞きつけ、そのアイテムである鏡も借りてきた。

ちなみに。

その事は千尋は知らない。

ので、純粋に星が見えると喜んでいる。

「いい場所を見つけておいたよ」

「わぁぁぁぁ、ありがとーハクっ!!」

やっぱりハクは頼りになるね、と飛びついてくる千尋を抱き留め、ハクはこれ幸いとばかりに千尋を抱きしめた。

「千尋の為ならばこのくらい何ともないよ」

そう。

千尋の為ならば星を降らせるくらい簡単にこなしてみせるさ。

その言葉は胸の中だけにとどめたが。












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