Twins
その1


240000キリ番作品








「リーン! お客様がお越しだよ! すぐにおいで!!」

「はぁい、ただいま!!」

大湯の掃除をやっと終えて、リンはとるものもとりあえず走っていった。

―――いったい誰だ……? オレを呼び出すなんて。

下働きであるリンが呼ばれるのは珍しい事である。

そう思いつつ玄関まで走っていったリンは、そこでぎくっと固まってしまった。

「久しぶり、リンさん」

そう言って微笑むのは人間の女性。

ポニーテールにまとめた髪が、かすかに入ってくる風に揺れている。

そしてその後ろには黒髪を一つに束ねた男性が。

さらに二人は生まれたばかりと思われる赤ん坊を二人、連れてきていた。

「……あ……え、と…?」

「やだ、忘れたの? 私だよ、千だよ」

よく見れば面影が残っている。

だが、リンが知る千の姿は何処にも残っていない。

「ホントに……千か…?」

「うん。私の世界ではあれからもう10年過ぎたんだよ」

とすれば、彼女が抱きかかえているのは彼女の子供という事だろう。

そして――――。

「……ハク、か…?」

リンの問いかけに男性―――ハクは優しい微笑みを浮かべて、頷きを返したのだった。








「しっかし驚いたな……あんなにちびだった千が、母親かぁ? 今いくつになったんだ」

リンは千尋から指名された、というのをいいことに、仕事をおおっぴらにサボって客間でのんびりとしていた。

「21だよ。短大……えぇと、学校を卒業してすぐにこの子達が生まれたし」

この子たち、というのはつれてきている子供の事だ。

二人とも判を押したように同じ顔つきで、着ているものがピンクと青という違いでしか男と女を区別出来ない。

「双子か? よく似てる」

「うん。一卵性? と聞かれる事もあるんだよ」

リンは眠っている娘の方をのぞき込んだ。

よく眠っていてしばらくは起きそうもない。

「名前は……って、いいのかな、オレが聞いて。湯婆婆に知られたら……」

「構わない」

話に加わってきたのはハクだった。

「千鈴(ちすず)と千早(ちはや)には私がまじないをかけてある」

二人ともに「千」という文字を使っているのは二人で決めたことだった(ちなみに千鈴が姉、千早が弟である。)。

「抜け目ないところは全然変わってないってことか……ていうか、ハク!」

「なんだ」

さっきから気になっていた事をリンは口にした。

「おまえ、人間じゃねぇのに何で千と同じように年くってんだよ」

「同じように外見を変えているだけだ」

「………あ、そ」

ハクの事だから、何か妖しい魔法を使っているに違いない。

が、それを細かく聞くつもりはないリンであった。

「……可愛いな」

人間の子供を可愛いと思った事はなかったが、千尋の子供は素直に可愛いと思える。

「撫でてくれてもいいよ?」

と言われるものの、触れる事はどうしても出来なかった。

「怖くなんかないのに」

「いや、そういう訳じゃねんだけどな……」

「……うぅう…」

千早の方がぐずった声を上げる。

千尋はまだどこか危なっかしい手つきで千早を抱き上げた。

「起きちゃったみたいね……私寝かしつけてくるから、ハク、千鈴の方お願いね」

「分かった」

ぐずりだした赤ん坊を抱いて出て行く千尋は、どこから見ても優しい母親そのもの。

「……ほんとに、母親になっちまったんだなぁ」

リンは人間ではない。

そしてこの湯屋の時間の流れ方は人間界とは違う。

だからリンや周りの従業員たちもあの頃から全く変わっていない。

だが千尋にとっては10年という歳月はとても長い年月だったのだ。

「しんみりしているな」

「うるせ」

寂しい気分になっているのは確かだが、それをハクに指摘されると腹がたつ。

「ハクは何とも思わねぇのかよ。千の成長はオレたちよりもずっと早いんだぜ」

「分かってる」

ハクは以前湯屋にいた頃よりもずっと穏やかな顔つきになっていた。

愛する娘を手に入れて、落ち着いたということなのだろうか。

「それでも今が幸せだからな……何も言うことはない」

「近い将来、千の方が確実に先にいなくなるんだぜ。わかってんのかよ」

「分かってる。それでもあの娘と共にいたいと決めたのは、私自身だから」

ハクにそうきっぱりと言い切られると、リンとしては何も言えなくなる。

「………勝手にしろ」

そういうのが精一杯だった。









千尋が連れてきた双子の子供達の存在は、早速坊にも知られる事となった。

湯屋の中で唯一成長したのが坊であろう。

あの赤ん坊だった姿から見る間に成長し、今では6、7歳くらいの少年に成長していた。

「この子たちを千が作ったのか?」

「そうよ。……まぁ、厳密に言えば私というよりも、私とハクとで作ったといった方が正しいんだけど」

「ハクはどうでもいい」

どうでもよい呼ばわりされた本人が目の前にいる状態で言い切れるのが坊の個性だろう(と千尋は思っている)。

―――さっきからハクの機嫌が良くないのをますます煽るのは勘弁して欲しいところだが。

「かわいいなぁ。小さくて、ぷにぷにしてる」

「坊だって出会った時はこんな赤ちゃんみたいな感じだったのよ。サイズは大きかったけど」

「そうかなぁ」

千鈴と千早は相変わらずすやすやと眠り続けている。

言葉がとぎれると千尋は二人の子供をじっと見つめていた。

「……千。変わった」

「え?」

はっと坊の方を見る。

「前の千とは、違う」

そう言い切る坊は、怒っている風ではなかった。

が、リンが見せた表情とよく似ている。

「でも……仕方ないのも分かってる。残念だけど……坊は今の千も好きになれると思う」

「坊……」



ばさばさ……と鳥が入り込んでくる。

「湯バード」

湯婆婆の頭に鳥の体を持つ湯バードが坊の肩にとまり、なにやら坊へとささやいた。

うんと頷いてから坊は千尋に振り返った。

「バーバが呼んでるみたいだから行くね」

「分かった。また後でね」

あわただしく出て行く坊を見送ってから、千尋ははぁとため息をついた。

「千尋」

落ち込んだ様子の千尋にハクが近寄る。

「なんか……リンさんも坊も、私と再会した事を喜んでないみたい……」

いつも元気な千尋の珍しくも気弱な発言に、ハクは柔らかいほほえみを浮かべた。

「たった10年で千尋がこんなに成長してしまったからね……みんな戸惑ってるんだよ。ここでは時間の流れ方もゆっくりだし、人間のように寿命も短くはないしね」

「うん……」

頭では理解出来ているのだろうが、感情がついていっていないのだろう。

すっかり落ち込んでしまった様子の千尋を、ハクはそっと抱きしめた。

「ハク……」

「大丈夫。もし皆が認めてくれなくても、私はずっと千尋の味方だからね」

その言葉が、初めてこの湯屋につれてこられて不安いっぱいだった千尋に、ハクが告げた言葉と重なって――――。

千尋は少しだけ微笑みを浮かべる事が出来た。

「うん、大丈夫。もう落ち着いたから」





確かに千尋の姿形は変わった。

ものの考え方も大人になった。

だが千尋の心は変わってはいない。

少し話をすれば、リンも坊もそれにすぐ気づくだろう。

―――面白くないが、千尋の悩みがそれで軽くなるならば、仕方ないか。

そう思いつつ、ハクは千尋を抱きしめる腕に力を込めた。













「なんじゃ、そんな事を気にしとったんか」

仕事が終わった後に、釜爺がわざわざ千尋たちを訪ねてきてくれた。

「そんなことって……これでも悩んでるのよ、釜爺」

まだ目も見えていない千早を抱いたまま、千尋は幼かった時のようにぷうと頬を膨らませてみせる。

同じように千鈴を抱いたハクは笑いをこらえきれない。

「ハク!」

「ごめんごめん」

「うまくいっとるようで良かったわい。ハクが千尋の後を追っていった時はどうなるかと心配しとったが……」

「お、おじいさん……」

今度はハクが赤くなる番だった。

「まぁ、皆千尋がいきなり大きくなったように見えた上に、ほれ」

と釜爺は、その長い腕で千早と千鈴の頭を撫でた。

「そんなかわいらしい子供を連れてくるからの。びっくりしただけじゃて」

「そうかな……」

「どれ、ワシに見せてくれるか」

釜爺は器用に千鈴と千早の二人を受け取ると、その顔をのぞき込んだ。

「小さかった頃の千尋に似とるのう」

「そうかなぁ。私としてはハクに似てる方が嬉しいけど」

「私に似てても仕方ないだろう」

そんな話をしていると、がらがらっと扉があいてリンが顔を出した。

「やっぱりここにいた。千、ハク、湯婆婆が呼んでるぜ」

「え? 湯婆婆が?」

今回この湯屋には客として来ている。

湯婆婆は上客や得意客にしか応対をしないため、千尋たちに会う理由は(今のところ)ないはずである。

「一体何の用だろう……」

「さあ…」

千尋はハクの方を見て問いかけたが、その答えをハクが知るはずもなかった。

「あ、そうそう」

湯婆婆の元に行く前に、まだ乳飲み子である子供をどうしようかと思案していた二人に、リンが声をかける。

「子供たちもつれてこいってさ」

「え……? 千早と千鈴も…?」

その言葉にハクの表情がかげった。

「……ハク…」

「仕方ない。連れてこいとの言葉なら連れて行くしかないだろう」

一抹の不安を抱えたまま、湯婆婆の待つ最上階へと向かった二人であった。











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