約束を抱きしめて
その2
79000HIT キリ番作品
ゆっくりと針がまわる。 人は、確実に死に向かっていく。 千尋も例外ではなく。 家の中にしつらえられた部屋の一角で、千尋は横になって静かにその時を待っていた。 手にはあの髪留めが握られている。 廊下の向こうで息子夫婦や孫たちが泣いているのがわかる。 しかし、千尋は不思議と哀しくはなかった。 少しずつ 自分の命の灯火が消えて行くのが分かる。 私はじゅうぶん幸せだった。 優しい人たちに囲まれて――――とても幸せだった。 ただ一つの心残りは――――あの約束を待てないこと。 あの世界にとっては100年にも満たない時はほんの一瞬でしかないだろう。 しかし その一瞬で人は喜び、悲しみ、怒り、そして死んでいく。 ――――ハク。待てなくてごめんね。 既に声を出す事も出来ないほどに衰弱していた千尋は心の中でそう呟いた。 ――――千尋。 脳裏に響いたその声に、千尋は閉じかけた瞳をあけた。 ――――千尋。 ――――ハク? ハクね? その声は‥‥ハクでしょ? ハクが立っている。 あの時の姿のままで、優しく微笑んで、千尋の目の前に立っている。 ――――ごめんね千尋、遅くなって。やっと‥‥迎えに来たよ。 ハクが手を差し出す。 ――――待たせて、ごめん。 千尋は起きあがって―――ハクの手をとった。 いつの間にか、千尋の姿も年老いた老婆ではなく、10歳のあの時の姿に戻っていた。 ――――ずっと待ってたんだよ、ハク。こんなに待たせて‥‥ひどいよ。 ――――ごめん。あの後、結局私は千尋の世界に行く事が出来なくて‥‥‥そうこうするうちに、あの世界も千尋の世界から切り離されてしまった。 きゅ‥っと握りしめる手の温かさが懐かしい。 ――――だから、来るのに時間がかかってしまったんだ。 ――――でもいいよ。こうして来てくれたから‥‥‥ 千尋は溢れる涙を拭い、微笑んだ。 ――――約束‥‥守ってくれてありがとう、ハク。 ハクの指が、千尋の涙を拭う。 ――――行こう。皆、千尋が来るのを待っているから。 ――――みんないるの? わぁ‥‥みんなに会うのって、久しぶり! ――――さぁ、行こう。 そうして、二人は手を繋いで―――――光の中へと消えていった。 「‥‥あれ?」 葬式も滞りなく終わり、出棺―――というその時になって、10歳の年に成長した澪が声をあげた。 「澪、どうしたの」 「おばあちゃんが大切にしてた髪留めがない‥‥」 「髪留め? そんなものなかったわよ」 「え‥‥おかしいなぁ‥‥おばあちゃん、とても大切にしてたのよ。あれ入れてあげたいのに‥‥」 「早くなさい! みんな待ってらっしゃるのよ」 母親にせかされて、澪は諦めて返事を返す。 千尋の部屋を出ようとして、ふっ‥と振り返った。 「‥‥‥?」 光が、見えたような気がした。 けどもしかしたら―――目の錯覚だったかもしれない。 「澪!!」 「はぁーい!!」 澪はふすまを閉めて――――外へと走っていった。 END |
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79000キリ番作品です。「夏が来る」のような泣ける話を‥‥という事で、今度はちょっと幸せっぽい話にしてみました。この話では幸せだと思います、ハクと千尋は。ちなみにハクがどうして来られなかったか‥というのは‥‥ご想像にお任せします(まて)。世の中早々うまくは行かない、という事で‥‥。 千尋の孫として出てきた「澪」はもちろん「千尋」の「澪」から名付けてみました。安直極まれり(汗)。 |