雪姫奇譚
その2
111111キリ番作品
障子をあけた時の千尋の最初の感想はというと。 ――――さむぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!! まるで冷蔵庫の中にいるかのような冷えっぷりに、千尋は体が本能的に後ずさろうとしているのを根性でおさえた。 「寒ければそこにいていいわ。さすがにこの部屋に入ったら凍えてしまうものね」 許しを得て、千尋は障子をあけてすぐのところに座布団を敷いて、震えながら座る。 その間、雪姫は何かをがさごそと探していた。 「あ、あの‥‥な、何をお探しなのです‥‥??」 だんだんと歯の根も合わなくなって来たが、何とか声の震えを押さえつつ訊ねてみる。 「ちょっと待ってね‥‥ぁあ、あった」 雪姫は何かを取り出すと、そのまま千尋のほうへと寄ってきた。 同時に、冷気が一気に千尋の体を取り巻く。 「これを‥‥あげるわね」 雪姫が差し出したのは、まるで氷に見える透明なクリスタルのトップがあしらわれたペンダント。 「娘の誕生日の時に作ったものなの‥‥私が持っていても仕方ないから、あなたにあげる」 「えっ‥‥で、でも‥‥」 受け取れない、と千尋が首を横に振っても、雪姫はペンダントを差し出してくる。 「もうわたくしが人間と関わる事はないでしょうから。ここで会ったのも何かの縁と思って‥‥受け取って頂戴」 そこまで言われると断るのも罪悪に思えてくる。 千尋は「ありがとうございます」と言いつつ、そのペンダントを受け取った。 首にかけてみると、赤い水干の胸元でキラキラと光を反射して、とても美しい。 「よく似合うわ‥‥」 目を細めて千尋を見つめる雪姫に、千尋の表情も自然とほころんでいく。 「大切にします、雪姫様」 普通ならば寒さも忘れて、そのクリスタルにうっとりと見ほれるところだろう。 しかし。 悲しいかな、千尋はどうしても寒さを忘れる事が出来ずに、ガタガタ震えながらクリスタルを見つめつつも「早くここから出たい」と内心祈っていたのであった。 ようやく雪姫のところから退出した時には、千尋の唇は紫色になっていた。 ここまで冷えてしまったら、風呂にでも浸からないととても体温を取り戻せないだろう。 普通は寒く感じる廊下がとても暖かく感じたのだから、雪姫の部屋がどれだけ寒いか想像出来るというものだろう。 ふるふると震えつつ歩いていた千尋は、後ろからふわりと上着をかけられてはっと振り返った。 「体が冷え切ってるね」 ハクが立っている。 千尋に毛が裏打ちされた上着をかけてくれたのだ。 「ありがと‥‥」 「ずいぶんと雪姫に気に入られたようだけど‥‥」 ハクの声の調子が「不審がある」と訴えているのを感じ、千尋は苦笑した。 「亡くなられたご自身の娘さんと、生きていれば同い年なんだって。人間との間に生まれた子供って言ってたから、人間の私を見て懐かしくなったんじゃないかな」 ハクは少し眉をひそめた。 「雪女は一途だ。それが男女の恋愛であっても、子に対する母性愛であっても。だから‥‥」 そこまで言って、ハクは千尋の胸元で揺れているペンダントに気がついた。 「千尋、それは―――?」 「あ、これ‥‥? 雪姫さまから頂いたの」 「‥‥‥‥‥」 ハクは表情を引き締めた。 「それを貸しなさい」 「?」 「雪姫に返してくる」 えっ、と千尋は声をあげた。 「でも、せっかく頂いたのに‥‥‥」 「何かものを渡したという事は、千尋に執着をし始めているという証拠だ。下手すると、雪姫のいる世界に連れて行かれる事になるよ、千尋」 そこまで言われて、千尋はさぁっと青ざめた。 「返してくる。返して、きちんと話をしてくるから」 千尋は、雪姫のペンダントを首から外すと、ハクに手渡した。 「千尋はお風呂にでも浸かっておいで。そのほうが手っ取り早く体を温められる」 ハクはそう言うとすたすたと歩いていってしまった。 上着をかぶったまま千尋は取り残される。 暫くそっちを見つめていた千尋だが、やがて湯殿のほうへと歩き出した。 とりあえず体を温めなければ、思考すらも凍ってしまいそうだ。 従業員が入る事が出来る浴槽には、まだ湯がなみなみと張ってある。 千尋は誰もいないのを確認してから、ぱっぱと着ていたものを脱いで浴槽に飛び込んだ。 「‥‥ふぁ〜〜〜‥‥‥」 そんな間抜けな溜息をついてしまうほどに、気持ちいい。 体の芯まで凍っていたのが、少しずつ溶けていっているのが分かる。 暫く浴槽の中でじーっとしていて温かみを満喫していた千尋だったが、じょじょに湯で遊んでみたり、手ぬぐいで空気を集めてみたりとあれこれ遊びはじめた。 「ふふっ、小さい頃もよくこうやって遊んでたなぁ」 お風呂で肩まで浸かって100まで数えるのが苦痛で、どちらかと言えば遊ぶほうが好きで。 父親とお風呂に入っていた時にはよく遊んで貰って母親に叱られたものだ。 そうやって一人ぱしゃぱしゃと遊んでいた千尋は、十分に体が温まったのを確認してざばーっと浴槽からあがった。 体の水気をふき取り、服を身につけていく。 後は水干を着るだけ――――というところで、入り口に背を向けていた千尋は、何の気なしに入り口のほうへと振り返り、思わず持っていた水干を胸に抱きしめてしまった。 ハクが、入り口のところに立っていた。 「気持ち良かったみたいだね。唇が元の色に戻ってる」 「い、い、いつからっ‥‥そこにっ‥‥」 浴槽からあがる時には確かにいなかった! という事は、服をつける為に入り口に背を向けた後に、姿を現したという事!! 着替えるとこ‥‥見られたっ!? 「雪姫には話をしてきたよ。ちゃんと分かってくれたから」 千尋の問いは完全に無視し、ハクはそう言って微笑みを浮かべた。 「さ、今日は大変だったろう‥‥おいで」 すっ‥と手をさしのべるハクに、千尋は思い切り疑いの目を向けた。 「‥‥‥な、何で手をこっちに向けるの」 「もちろん‥‥体の芯まで冷えた千尋を暖めてあげようと思っているからだよ」 絶対に裏の思惑は有る癖に!! と思うものの、そう口に出した後のハクの報復が怖くて、結局は口に出せない千尋であった。 次の日。 湯屋を去る雪姫のお見送りに出た千尋は、真っ先に雪姫に近寄られて思わず後ずさってしまった。 「ごめんなさいね、迷惑をかけてしまったようで」 「い、いいえ‥‥」 「これに懲りずに、こちらに来た時にはまた相手をしてね」 「は、はい‥‥」 千尋がそう答えたのを、ハクが横目で睨んでいる。 その目は”自分がせっかく雪姫と縁切り出来るように取りはからったのに、自分からまた縁を作ってどうするんだ”と言っている。 ――――この後の「愛を確かめる術」と名を借りた「お仕置き」は、免れそうもなかった。 END |
111111キリ番作品です。大変に遅くなってしまいました(汗)。リクとしては「雪の神様がやってきて千尋がお世話をする事になり、二人が仲がいいのでハクがちょっと嫉妬する」というものでした。仲良い‥‥って感じじゃないですね、千尋嫌がってるし(爆)。雪姫も神様じゃないし(^^; 雪女ですねぇ‥‥妖怪ですねぇ‥‥リクに応えてませんね(汗)。すみません(汗)。 |