甘い誘惑
その1

8000HIT キリ番作品





「千、ちょっといいかい?」

「はーい」

湯女の総まとめをする女に呼び止められ、千尋は小首を傾げた。

「もうここはいいから、アンタ宴会場の方にいっとくれ」

「宴会場‥‥‥ですか?」

「団体客が来ててね。接待の人数が足りないらしいんだよ」

どうせ酒をついでまわるくらいだから、アンタでも出来るさ。

とまで言われると断る事は千尋には出来ない。

いくら油屋の実力者のハクに気に入られていても、千尋自体の立場は下っ端も下っ端。

それに、ハクの後ろ盾で自分がいい思いをするというのは、千尋の性格上どうしても受け入れられるものでもなかった。

「わかりました。行きます!」

なにやら気合いを入れ、千尋はすでに大騒ぎとなっている宴会場へと向かった。





宴会場は大騒ぎだった。

人間界での会社での宴会ってこんな感じだろうか。

一度お父さんが話してくれた宴会―――――よりも凄まじい気がする。

ふすまを開けて入ってはみたものの、その宴会場のあまりの凄さに千尋はただ立ちつくすばかりであった。


一応はお膳で料理は出されていたらしいが、皿は落ちるわ酒はこぼれるわ。

接待をする女にちょっかい出している客もいたり、蛙男たちに酔って絡んでいる客もいる。


さっきいれた気合いは何処へやら、今すぐにでも回れ右して帰りたい心地に襲われつつも、千尋はしぶしぶ中へと入った。




「こりゃまぁ可愛い娘御が来たのぅ!」

いきなり近くにいた客に水干を引っ張られ、千尋は悲鳴を何とかのどの奥へと引っ込めた。

「あ、あ、あの、い、い、いらっしゃいませぇっ‥‥」

千尋を捕まえたのは見るからに怖そうな牛鬼。

油屋で働くうちに慣れたとはいえ、いきなり捕まえられるとやはりびっくりもするし、怖くもなる。

「ちょうど良い。ほれ、酌をしろ酌を!」

お酒の入ったとっくりを突き出され、千尋は渋々杯にお酒を注いだ。

なみなみとつがれた酒を一気にあおり、牛鬼は「ぷはー!」と満足そうに息をついた。

「おお、そうじゃ。娘御、そなたも飲め!」

「えっ、ええええ!?!?」

さすがに千尋は声をあげた。

一度だけお父さんにせがんでお酒を飲ませて貰った事はあったが、苦いばかりで全然おいしくなかった。

「い、いえ‥‥その‥‥あたしは」

「いいから飲め!!」

杯を渡され酒をなみなみとつがれる。

客にとっては手の中にすっぽりとおさまるほどの杯も、千尋から見れば両手で支えきれないほどの大きさの杯になる。

これを、全部飲めと?

一気にいけと?

死ねって事ですか―――――!?

と思うものの、この油屋で愚痴をこぼす事は許されない。


ええい!!

千尋は意を決して、杯に口をつけ、一気にそれを流し込んだ。




半分くらいまで飲んだところで、息が続かなくなりむせてしまう。

「まだ半分残っとるぞ?」

そうは言われても、もう頭はクラクラして杯をもっている事すらかなり難しい。

千尋は杯をおろすと、そのまま後ろにぶっ倒れてしまった。

「お、おい、娘御? 大丈夫か?」



声がとーくで聞こえるぅ‥‥

あ〜〜、なんかお花畑が見えるかもぅ‥‥


そんな記憶を最後に、千尋の意識はぷっつりと途切れた。






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