付喪神
その1

4周年記念作品






ぴんぽーん。

気怠い日曜日の午後。荻野家のチャイムが鳴った。

「はーいはいはいっ」

父親は日曜出勤をしており、母親は同窓会だとかで帰りは遅い。

家で一人留守番をしていた千尋はどたばたと階段を駆け下りてがちゃっと玄関の扉を開けた―――ところで止まった。

(いっけない……またやっちゃった)

この頃物騒な為、くれぐれも扉を開ける時には誰が来たのかを確認してから開けるように、と両親から散々言われていた。

ハクからも「気をつけるんだよ」と念押しをされていたにも関わらず、つい勢いで開けてしまった。

(開けちゃったものはしょうがない……よね)

そう自分で無理矢理納得させてから、扉を引く。

「あ……こ、こんにちは!」

そこにはショートヘアの、自分と同じくらいの高校生の少女が立っていた。










「あの……千尋さん、ですよね?」

何処かの高校の制服を着たその女の子は、初めて見る人物だった。

「え……ええ」

どうして目の前の彼女は自分の名を知っているのだろう?

と。

少女はがしっと千尋の腕を掴んできた。

「お願い! バロンを助けてあげて!! あなたとハクって人なら何とかしてくれるってムタさんから教わったの!!」

「え…ええ?」

必死に訴えてくるその少女に千尋は目を白黒させるばかりだった。











ともかく家へと上がって貰い、リビングへと通した後お茶を出す。

お茶を飲んで落ち着いたのか、少女は改めて自己紹介をし始めた。

「私はハル。吉岡ハルって言うの。バロンとは以前猫の国へと連れていかれそうになった時に助けて貰った事で知り合ったんだ」

「そうなんだぁ……」

買い物に出かけた時に白い大きな猫と出会い、その猫を追いかけて不思議な世界へと迷い込んでしまった時があった。

その時に出会ったのがバロンという猫の人形だったのだ。

それを千尋は懐かしく思いだしていた。

「それで……バロンを助けて欲しいって、どういうこと?」

そう切り出すと、ハルの表情がすっと曇った。

「あの……猫の事務所に行こうとしたんだけど、行けないの」

「え?」








猫の事務所はこの世界とは少しずれた異世界にある。

とある処までやってくると、そこから次元がずれて猫の事務所がある世界へと入れるようになっているのだ。

ハルもその場所は知っており、ちょくちょくバロンの元へと通っていた―――昨日、猫の事務所に行こうとしてその通りへと向かったのだが、いつもと同じ場所を歩いてもついに猫の事務所にたどり着けなかった。

―――とまぁこれだけならば、たまたまハルが行けなかっただけ、という事になるだろう。

だがその通りで同じように途方に暮れているムタの姿があった。






「ムタさんも辿り着けないの?」

「ああ。どうも猫の事務所へと繋がる道が閉じられちまってるらしい」

「それって……」

「たぶん、バロンもこっちの世界に来られなくなっちまってるって事だろうな」

「大変だよそれって! 困ってるかも……」

「ま、暫くすりゃ道も開くんじゃねぇの?」

そんな事を言いつつも、ムタの視線は本来ならば続いている筈の道の向こうを見ている。

口ではそう言ってもやはり気になるのだろう。

「……何とか、ならないのかな……」

暫し思案してみるハルだったが何か妙案が浮かぶ筈もない。

そんなハルを見上げていたムタだったが。

「……そういえば、この前訊ねて来た奴が人間じゃない奴だったな」

「え?」

「バロンは神にも等しい者、と言ってたからそいつに頼めば何とかしてくれるんじゃねぇか?」

ハルはムタの前に座り込んでじっと見つめて来た。

「誰、それ!?」

その勢いにのけぞりつつも、ムタはその人物の名を口にした――――











そうしてムタから「この辺りなんじゃねぇか」というアバウトな情報を貰ってあちこち探しまくり、ようやく千尋の家を探し当てたという事らしかった。

全てを話し終え、出されたお茶を飲み干してからハルは「はぁ〜」と息をついた。

「そ、それは……大変だったね」

―――というか、それはもの凄く大変だったと思う。

「それで……その、ハクさんって人は何処にいるの?」

「ああ……ハクなら別の処にいるの。連れてってあげるよ」

「ほんとっ!」

がばっと立ち上がりハルが千尋の手をぎゅうっと握りしめてくる。

「ありがとぉ〜〜〜!! ほんっとに、ありがと〜〜〜〜!!」

「あ……う、うん……」

―――もしかしなくても、ハルさんって感情の起伏がすんごく激しいタチなんだなぁ……。

手をぶんぶんと振り回されながら、そんな事をぼんやり思う千尋であった。









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