付喪神
その4
4周年記念作品
猫の事務所前で何となく座り込んで話をする事になり、千尋はぺたりと地べたに座り込んでいた。 その隣にはハルが同じように座り込み、その前にはバロンとハクの姿。 ムタがその横に座ってその人形をじっと見つめていた。 『……ずっと前から、お慕い申し上げておりました』 人形は言葉少なに、バロンへそう告げた。 『あなた様が猫の事務所を開きあの店に立たれるようになってからずっと』 「それがハルがやって来て仲良さそうにしているのを見て嫉妬して、会わせないように仕組んだってことか」 ムタが言うと図星だったのか人形は押し黙ってしまった。 「ええっ、あ、あたしっ!?」 ハルの方が驚いて自分を指さしている。 「バロンは基本的にゃ誰にでも優しいが、特にハルはお気に入りみたいだしなぁ」 「ムタ、口が軽いぞ」 心の内を暴露されてさすがにバロンも恥ずかしくなったのかやんわりとムタの言葉を遮った。 それから人形の方へと歩み寄る。 「私を慕ってくれた事はとても嬉しい。今回の事もどうしようもなくなっての所行だと思う」 トトが羽根で自分の頭をかき「男爵はやさしいねぇ」と愚痴めいたものをぽつりと漏らした。 「君ももう少ししたら自在に動けるようになる筈だ。そうしたら私の事務所まで来てくれればいい。私はいつもあそこで待っている」 人形はじっとバロンを見つめている。 「そうだろう、ハク?」 バロンがハクに問いかけると、ハクは「そうだな」と頷いた。 「そなたにも付喪神としての素質はある。まだ時は必要だろうがいずれは動けるようになる筈だ」 『……はい』 人形のガラス玉の瞳が潤んでいるような気がする。 光の加減なのかもしれないが、千尋にはその人形が泣いているようにしか見えなかった。 アンティーク店へと人形を返してからまた猫の事務所前まで戻ってくる。 「しっ」 そのままアーチをくぐろうとした千尋は、ハクに止められてえっと振り返った。 「あそこ」 ハクが指さす方向にバロンとハルがいる。 何やら話をしているようだった。 「ごめんね、バロン。私、あんまりここに来ない方がいいのかな」 柱に背をもたれかけさせたハルをバロンが見上げている。 「どうしてそう思うんだい?」 「だって……私が良く出入りしてたから、でしょ。こんな事になったのって」 「ハルのせいじゃない。気にする事はないよ」 バロンの小さな手がそっとハルの手を撫でた。 「今回の事件は不幸な行き違いの為に起こってしまったが、これを機会にもっと仲良くなれるかもしれないじゃないか」 「そういう考え方もあるかもしれないけど……」 完全に落ち込んでしょぼくれてしまったハルの肩に、バロンがひらりと飛び上がる。 「バロン?」 「ハルに会えなくなるのは辛い。こうしてハルと語らうのが一番の楽しみだからね」 さりげなくも大胆な言葉にハルの頬が赤くなる。 「そ……そぉ…?」 「私の楽しみを奪わないでくれ、ハル」 赤くなったハルがこくこくと頷くと、バロンは「良かった」と笑みを漏らした。 ―――そんな様子をアーチの外から見ていた千尋が、ほっと息をつく。 「良かったぁ。ハルさんも落ち着いたみたいね」 「そうだね」 ハクは何やら二人の様子をじっと見つめていた。 「? どうしたの、ハク?」 「いや……」 「?」 不思議そうに見る千尋に向かい、ハクは至極真面目な顔で口を開いた。 「千尋も、ああいう事を言われた方が嬉しいのだろうか、と思って」 「ああいう事?」 「男爵のような言葉を言われた方が、嬉しいかい?」 バロンのようなキザな言葉を使った方が嬉しいか? と問われているのだと気が付いて、千尋は顔を真っ赤にして慌てて首を横に振った。 「いっ、いいよ私は! ハクは今のままで十分だから!!」 「……そうかい?」 「そうそう!」 何となく納得していないような顔をしているハクから体ごと視線をそらし、千尋はほっと息をついた。 (……ハクも十分キザな事言ってるんだけど、あれは気が付いてないよね、絶対……) これ以上言われたらこちらの神経が保たない。 ―――容姿が整いすぎる程に整っている上、好意といえる以上の感情を抱いている相手からそんな事を言われたら、きっとまともに顔も見られなくなるに違いなかった。 それからはまた平穏な日常が続いた。 千尋の生活で変わった事といえば。 「千尋さーん!」 「はぁーい! 今いくわー!」 階段を駆け下りていく千尋の足音を聞いて、母親が出てくる。 「またハルさんと遊びにいくの?」 「そう! ご飯食べてくるから晩ご飯はいいからね。いってきまーす!!」 疾風の如く駆けだしていく千尋を見送り、母親は肩をすくめてみせた。 「ごめん、遅くなっちゃって!」 「大丈夫、約束の時間よりもちょっと早く来ちゃったから」 年頃が似ているのと互いに人ならざるものと親しく付き合っているという共通点からか、二人は急速に仲良くなった。 学校が違う割には良く待ち合わせをして遊びに行ったりもする。 そんな二人の様子をハクとバロンは苦笑して見ていた。 「……人形が嫉妬する、というのも分かるような気がするね」 「ん? それはどういう事だ?」 ハクがふと漏らした言葉をバロンが聞きつけて問いかける。 「例えそういうつもりはないとしても、端から見ていて仲がよさそうに見えるというのは、それだけで心乱されるという事だ」 「……成る程」 この若い龍神の忍耐が切れるのは時間の問題かもしれない。 バロンはそんな事を思い、千尋のこれからにほんの少しだけ同情の念を抱いたのであった。 END |
書き直しを色々としていたらペース配分間違えて長くなってしまいました、すみません(汗)。ということで4周年記念です。……4周年ですか、長かったような短かったような。あの頃10歳だった方々はもう14歳、中学2年生ですものね……時の経つのは早いものです。 で、今回は猫の恩返しコラボという事でした。しかしバロンを書くのはどうも苦手です。キザな言い回しってのが自分の引き出しのなかにないので……ハルは書いてて楽しかったですけども。 そういう意味では猫恩を書くのは難しいですね……精進です。 |