付喪神
その3

4周年記念作品








そのお店は人通りの多い通りの一角にあった。

店構えはヨーロッパ風で女性が立ち寄りやすい雰囲気を醸し出している。

ハルが言ったその人形は、ショーウィンドウの中に飾られていた。

ミルク色の肌に金髪の巻き毛が可愛らしい人形が、覗き込んだ千尋をじっと見つめている。

「この人形かぁ……」

「随分と古いものだね。300年はたっているんじゃないかな……」

ハクはそこで待つように、と千尋やハルに言うと中へと入っていった。

「どうするつもりなんだろうね……」

そんな話をしながらじっと中をガラス越しに見つめる。

なかではハクが店員らしい初老の女性と話しているのが聞こえた。

その女性が頷いてショーウィンドウの方へと近づいて来る。

「あ……あの人形を貸してくれるみたいね」

女性が人形を抱き上げてハクへと差し出すのが見えた。

その人形を受け取り、ハクが扉の方へと歩いてくる。

扉が開くのを待ってその前からどけると、ハクが外へと出てきた。

「その人形が、バロンと関係あるの?」

人形を抱いたまま、ハクは通りを歩き出した。

その後ろを慌てて千尋やハル、ムタが追う。

「ここでは何も出来ない。ひとけのない処へ向かおう」

ハクの横顔は何となく厳しく、千尋はもしかしたらこれは案外厄介なのかもしれないと思い始めていた。








人が滅多に来ない裏通りまでやってくる。

うち捨てられ積み重ねられた段ボールの上にその人形を置き、ハクは千尋とハルを後ろへ下がらせた。

ムタはとうの昔にかなり離れた処に座って一部始終を見ようとしている。

「その人形が原因なんですか?」

ハルが問いかけるとハクは頷きを返した。

「多分ね。きっと、バロンに恋をしてるんだよ」

さらりとそんな言葉を聞いてハルの頬が赤くなる。

「こっ、恋って……!?」

ハクの手がすっと人形へと向けられる。

―――と。

人形がぽぉっと光を帯び、ほんのりと輝き始めた。

「あ……!」

それまで全く無反応だった人形の手がぴくりと動く。

ガラス玉でしかなかった目に輝きが宿り、まるで生きているような色に染まる。

その途端、人形の表情が不機嫌そうなものに彩られた。

「ハク……!」

千尋が慌てたように声をあげるが、ハクは動じる様子もなく人形を見つめていた。

「そなたがバロンのいる世界と通じる道を封じているのだな」

『……主とお見受けします』

人形の声が直接脳裏へと響いて来る。

口は動いていないが、彼女の表情からとても機嫌が良く無いことが千尋たちにも分かった。

『主にはこの度のこと、関係ないと思いますが』

「関係ないと言い切ってしまうには少々の縁があるのでな。……力ずくで道を開いても良いのだが」

ほんの少し、ハクの口調に強いものが混じる。

千尋はそうは思わないのだが、ハクはかなりの力と地位を持つ川の主(埋め立てられたとはいえどかなり大きい川の主であったらしいのだ)らしく、人ならざる者はハクを見ると大抵恐れをなしてしまう。

そして目の前の人形も例外ではなかった。

それまで横柄な態度だった人形は途端に神妙な態度になった。

『そ…それは……』

「どうだ」

『わ、分かりました……』

人形の目が一瞬光り、そして元に色に戻る。

『これで、道が開いたと思います……これでご満足ですか』

慇懃無礼な言葉が気に障ったのか、ハクの眉間に皺が寄るが何も言わなかった。

「行ってみよう、ハルさん」

「うん!」

いてもたってもいられなくなったのか千尋が駆けだしていく。

その後ろをハルが追っていった。

「ムタ、二人を頼む」

「お!?」

いきなり話を振られ驚きを隠せないムタだったが、ハクの様子から逆らえないと踏んだのか後を追いかけるように走っていく。

それを見送ってからハクは人形へと向き直った。

「さて……どうしてこういう事をしでかしたのかを、じっくりと聞かせて貰おうか」







アーチが見えて来た。

「あそこをくぐるとバロンの居る町並みに行ける筈なの!」

「待って!」

ハルが走っていこうとするのを千尋が止めた。

「向こうから、誰か来るよ……?」

アーチの向こうに人影が見える。

人間かとも思ったが、人間にしては小さい。

「………あ…!」

アーチの向こうから歩いて来たのは。

「助かったよ、ハル。千尋達が助けてくれたのはこちら側で感じ取っていたんだが」

ステッキを優雅な仕草で回し、バロンが歩いてきている。

「バロン!!」

嬉しさ余ってか、ハルが駆け寄ってそのままの勢いでバロンを抱きしめる。

半ば転ぶような体勢でバロンに抱きついた為彼女のスカートの裾に埃や土がついたが、彼女は全くお構いなし。

あらん限りで抱きしめられたバロンは苦笑を漏らしてハルのするがままに任せていた。

「大丈夫ですか、バロンさん?」

千尋が跪いて訊ねると、バロンは頷いた。

「私は大丈夫。閉じこめられていた時間もそこまで長くなかったし。トトの方が仲間の処に行けなくて腐っていたが」

その向こうからカラスが飛んできて千尋のすぐ近くに舞い降りた。

「全くいい迷惑だぞ男爵。あの人形、前々からあんたに気があると忠告をしておいた筈だが」

「すまない」

そんな話をしている処へ。

「外に出られたようだな」

ハクがあの人形を抱いて歩いて来た。

「―――人形から色々と話を聞いた。バロンに恋い焦がれた結果の事らしい」

ハクの言葉にバロンは苦笑を漏らした。










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