力ある者
その3

Web拍手御礼作品







さて。

ハクは湯婆婆からの命令で竜となって用事をすませてきたところで、まさに湯屋の中庭に舞い降りたところだった。

名をとられていた時のように無理難題ばかりを押しつけられることはなくなったが、空を飛べるという能力を持つ従業員が他にいないため、こういう役回りはやはりハクがすることになっていた。

ハクとしてはあまりこういう仕事はしたくない処なのだが――――。



「きゃあああっっ!!」

その途端、ハクの耳に聞こえてきたのは、千尋の悲鳴だった。

「千尋っ!?」

湯屋のなかに入り、千尋の気配を頼りに廊下を走っていく。

(湯屋のなかに不審な気配はない……一体何が…!?)

廊下の向こう、突き当たりにある倉庫の方から気配を感じる。

「千尋!!」

その廊下を曲がってハクが見たものは。








「ハク!! 見て、覚えてる!?」

ハクの姿を見つけて千尋が駆け寄ってくる。

その腕に抱かれているのは一匹の犬。

ハクを見てしっぽを振り愛想良く挨拶するその犬は、ハクも見覚えがある犬だった。

「……もしかして……ヒン、か?」

ハクの確認するような言葉に、その犬は「ヒン!」と独特の声をあげた。

この鳴き方、間違いない。

「……ハウルの家の飼い犬だ……」

ということはまた何処かで道が繋がったということだろうか?

これからの騒ぎを想像し、ハクはため息をついた。










そのまま放って置くわけにもいかないので、ハクの部屋へとヒンを連れていく。

畳に慣れないのかしきりと辺りに臭いをかいでいるヒンを横目に見ながら、ハクは腰を下ろした。

それにならい、千尋もぺたんと畳に座り込む。

二人して暫く動き回っているヒンを見つめていたが―――。

「……ハウルさんたちも来てるのかな」

千尋の言葉にハクは首を横に振った。

「それはないだろう。彼が来ればすぐに分かる」

「そうなの?」

「彼は魔力が強いからね」

「ふうん…」

そういうのを感じ取る力は千尋にはない。

だから千尋は次に自分に分かる話題を振った。

「だとしたら何処かあのお城と繋がっていて、たまたまヒンが紛れこんじゃったってことかな」

千尋の仮定にハクは今度は縦に首を振った。

「たぶんそう考えるのが一番妥当だと思う」

「…………」

そういえば。

兄役が言っていたっけ。

「……ヒン、厨房にあったご飯、殆ど食べちゃったんだって……」

「………」

それは、かなりまずい。

言葉にはしなかったが真っ先にハクが思ったのはそれだった。

料理はこれから作り直せば何とかなるだろうが、その材料を用意するためにはやはり湯婆婆の了解がいる。

ヒンの存在がバレるのは時間の問題だ。

「………ヒン?」

こちらの言葉を理解しているらしく、ヒンが首を傾げる。

「やっぱり、まずいよねそれ…」

「…まずいね」

「……こういう場合、犬だったとしても豚にされちゃうのかな」

豚にされる、という言葉を聞いた途端、ヒンがぎくりとしたように首をぶるぶると振った。

その様子からすると豚になるのは嫌らしい。

「ともかく何処で繋がっているのかを見つけだして、早くヒンを返した方がいいな」

「うん…それがいいかも」

「それに、ハウルやカルシファーのことを知られたら厄介だ」

そう言うとハクは立ち上がった。

「ヒン」

呼びかけるとヒンがとことことハクに近づいてくる。

「おまえが一体何処から来たのか覚えているかい?」

「ヒン!」

任せておけ! と言わんばかりにヒンが頷く。

「案内してくれそうだ。行こう」

「うん!」

大きく頷いて千尋も立ち上がる。





―――従業員の皆には申し訳ないけれど、千尋はとてもわくわくしていた。

またあの人たちに会える。

そう思うと嬉しくて、胸が高鳴るのを抑えられない。

そしてそんな千尋の心境をハクも良く分かっているらしい。

「千尋」

廊下を歩きながらハクが名を呼ぶ。

「え?」

「気持ちは分かるけど、その顔を他の人に見られたら不審に思われるよ」

ついつい顔がほころんでいたらしい。

千尋は慌てて頬に手をあてて、何とか生真面目な顔を作るが―――どうにも口の端がゆるむのを押さえられないのであった。