力ある者
その4
Web拍手御礼作品
ヒンが歩く後ろをついて歩き、やって来たのは豚舎。 「こんな処から繋がってるのかな…」 「この前だってトンネルから洞窟へと繋がっていただろう?」 「そっか」 たくさんある豚舎のうちの一つの入り口で、ヒンは足を止めて扉をかりかりと前足でかいた。 今は使われていない豚舎の入り口。 そのせいか何となく薄汚れて朽ち果てた印象のあるその豚舎を、千尋は見上げた。 「ここから繋がってるんだ……」 「開けてみよう」 ハクが扉に手をかけて押すと、扉はすうっと開いた――――。 一方そのころ。 時間は朝にさかのぼる。 「ヒーン! ヒン、どこー?」 そう広くはない城のなかでマルクルの声が響きわたっている。 「やっぱりいない?」 ただいま料理中で手が放せないソフィー(とカルシファー)が台所から声をかけると。 マルクルがしょんぼりした様子で台所へとやってきた。 「やっぱりいない……」 「何処に行っちゃったのかしら……城から出るはずはないと思うんだけど」 「ばーちゃんはなんて?」 フライパンの下からカルシファーが顔を出す。 マルクルはカルシファーの方へと向き直った。 「昨日の夜は見たけど、朝になってからは見てないって……」 じゅ〜〜っと焼き上がった音がしたのに気がついて、ソフィーはフライパンをカルシファーの上からどけ、今まで焼いていたベーコンを皿へと移した。 それからフライパンを置いてマルクルの方へと近寄る。 「お散歩してるのかもしれないわよ? ヒンだってただの犬じゃないんだし」 仮にもあのサリマンの使い魔ならぬ使い犬をしていたのだから。 あれだけ人間の言葉を理解する犬はそう滅多にいない。 「でも……」 心配そうなマルクルの頭をそっと撫でる。 「ハウルが起きてきたら探してもらいましょうか。それならいいでしょう?」 「……うん」 ソフィーならばハウルを説得出来るだろう―――そう考えてようやく納得出来たのか、マルクルはこっくりと頷いた。 「さ、朝御飯にしましょう」 ソフィー達の朝御飯があらかた終わった時、ようやくハウルが姿を現した。 髪が金髪に染まっているところを見ると、朝から風呂に入ってきたらしい。 「おはよう、みんな!」 「おはようございます、ハウルさん」 ハウルが金髪に染める時には大抵誰かと会う時。 彼なりに気合いを入れる時に髪を染めて、自分の精神を強く保つんだろうなとソフィーは思っていた。 「どうしたの、金髪にして。……誰かと会う予定でもあるの?」 ハウルの食事を用意しながらソフィーが訊ねると、ハウルは「いや」と首を横に振った。 「そういう訳じゃないんだけど……予感がするんだ」 「予感?」 カルシファーのおうむ返しな言葉にも、ハウルはうんと頷いた。 「そう、予感」 そんな話をしていたソフィーは、マルクルが何か言いたげな顔をしてハウルの近くへとよっていくのを見て「ハウル」と声をかけた。 「ん?」 「ヒンがいなくなっちゃったの。何処に行ったかあなたなら探せるんじゃないかしら」 「朝から誰もヒンの姿を見てないんです……」 「散歩をしているんじゃないか?」 「でも御飯の時にいないなんてこと、これまで一度もなかったし……」 マルクルの声はだんだんと小さくなって、ついに語尾が消えてしまった。 「……ハウル」 ソフィーがおずおずと声をかけると、暫く考えていたハウルがうんと頷く。 「調べてみようか。もしかしたら知らないうちに外にでて戻れなくなってるのかもしれないし」 そういうとハウルは立ち上がった。 「あ、ありがとうございます、師匠!」 「ちょっと待ってて」 ハウルは階段を登り自分の部屋へと戻っていった。 待つこと2分ほど。 「これを使ってみよう」 降りてきたハウルは手の平よりもやや大きめの水晶球を持っていた。 「何ですか、それ?」 「遠見の水晶球と言われるものだよ。遠くのものを見たりする時に使うんだ」 机の上においてハウルが手をかざす―――と。 水晶球のなかに何か映像が映り始めた。 「………?」 思わず覗き込んで見てみるが、どう見てもそこは全く見たことがない場所。 周りにある食材とか流しとかを見た限りでは、形は違うもののそこが台所だろうと推測出来る。 ―――ヒンはよほどおなかがすいているのか、台所に置いてある食材を手当たり次第にばくばくと食べている処だった。 「…………」 「…………」 「さすがサリマン先生の使い犬というか……全然動じてないね」 怪我をしたりしていない様子に安堵はするものの、一体ヒンが何処にいるのかは分からない。 「一体何処にいるのかしら……」 「見たことない処だな」 そんなことを話しているうちに水晶球の映像はすぅっと消えてしまった。 「見えなくなっちゃった……」 「魔法がうまく働かない……随分と遠くにいるみたいだ」 結局何も分からないといった方がいい状態に、マルクルがしゅん…と項垂れる。 「ヒンが元気そうなのが分かって良かったじゃない」 「……うん…」 ソフィーが声をかけてもマルクルはよほど心配なのか項垂れたままだ。 「一体どうして遠見の魔法がうまく働かないくらい遠くにいるんだろうな」 カルシファーはそっちの方が気になるようで、ハウルに話しかけている。 「ん……そうだな…」 ハウルもどうやら気になるらしく、色々と考えている。 こうなるとハウルとカルシファーにしか分からない話になるので、ソフィーはそっとハウルから離れた。 「さ、お洗濯をしてしまいましょう。お昼になったら手が空くから、ヒンを探すのを手伝うわ」 何処をどう探せばいいのか皆目検討はつかないが、何もせずにいるよりはずっといいだろう。 「うん、ありがとうソフィー」 ソフィーが手伝うと言ったことで少し不安は薄れたらしく、マルクルはようやくちょっとだけ笑みを浮かべた。 |