力ある者
その5

Web拍手御礼作品







洗濯物がぱたぱたとはためいている。

それを見てソフィーは「うん」と満足そうに頷いた。

「……ヒンを探す手伝いをしなきゃいけないわね」

きびすを返しベランダから中へと入ったソフィーは、ふと物音がしたような気がして足を止めた。

「………?」

耳をすませてみる。

かりかり、という音がどこかから聞こえてくる。

「何かしら……」

音がする方を探して暫くうろうろした処、お風呂場からかりかりという音がすることに気がついた。




「……? ハウルお風呂に入ってるのかしら……」

そんなことを言いつつ扉に手をかけたソフィーは、

かちゃり、と別の力で取っ手が回ったのに気がついて、ぎくりと身を強ばらせた。

「………!」

ぎぃぃ…と扉が開いていく――――





「………あ」

「ええっ!?」

その扉から顔を出した人物を見て、ソフィーは声をあげた。

「…やっぱり、ここへ繋がっていたか」

姿を現したのはハク。

その足下ではヒンが満足そうに座り込んでしっぽを振っている。

「ソフィーさん!」

「千尋さん…!」

驚いた顔だったソフィーの表情が、喜びに彩られた。











「ヒンがこっちの世界に紛れ込んでいたんだ。うまく繋がってくれていて良かった」

ソフィーがしっぽを振っているヒンを抱き上げる。

それを見ながらハクは口早に告げた。

「せっかく繋がったんだし、よっていって?」

ソフィーの言葉にハクは首を横に振った。

「時間がないんだ。もう少ししたら湯婆婆が戻って来る……そうしたら誤魔化しが効かない」

「ゆばーば?」

「私たちが働いている湯屋を取り仕切ってる魔女のことよ」

「ゆや?」

知らない単語ばかりを聞かされてソフィーが首を傾げる。

ハクは扉に手をかけたままふと後ろを振り返った。

千尋には分からないが、何かを感じ取ったらしい。

「―――客が起き出す時刻が来る。帰ろう、千尋」

「うん。……残念だけど、会えて良かった」

きびすを返したハクの背に

「待って!」

ソフィーが声をかけた。

「ヒン……もしかしなくっても、その『ゆや』って処の食材を、手当たり次第食べてなかった?」

その言葉にハクも千尋も動きを止めてしまう。

「……やっぱり」

この場合、その行動は肯定にしかならない。

「ヒンはあたし達が飼っているも同然だから、ヒンが迷惑をかけた償いはしなきゃいけないわ」

「でも…」

千尋はハクを見上げた。

だが頼みのハクも困ったような顔をしている。

「……湯屋のある世界は本来人間が来てはいけない世界なんだ。存在する理由がない状態で人間が入り込めば存在を消されてしまう」

(それで初めてあの世界に来たとき、私の身体が透けてきたんだ)

なるほど、と思いつつ千尋は話を聞いていたが、ソフィーは全くひるむ様子もない。

「理由はあるわ。ヒンがやってしまったことに対するお詫びをしなきゃいけないでしょう?」

「だが…」

「僕も行こう」

そんな声がして。

はっと視線をやると、いつの間にかソフィーの後ろにハウルが立っていた。

「え、ハウル…さん?」

髪が金髪になっているハウルを見るのが初めてだからか、千尋は目を見開いてハウルを見つめている。

ハクの方は容姿が変わってもハウルの気配が変わっていないためか、動じた様子はない。

黒髪の時は人懐っこい印象が強いのだが、金髪になると凛々しい印象の方が強くなる。

「そう。……やだな、ちょっと髪を染めただけだって」

「印象が随分と違う……」

千尋がそんな感想を漏らした時。

すぅ…っと、扉の向こうから差してきていた日の光が陰った。

「……時間が来た」

後もう少しで湯屋にも明かりが入る―――そうすれば千尋もハクも仕事に戻らなければならない。

「時間がないんだろう? 行こう、ソフィー」

ハウルがソフィーの手をとる。

ソフィーは片手でぎゅっとヒンを抱きしめると、カルシファーの名を呼んだ。

「カルシファー」

「何だ? ソフィー」

呼ばれると一目散に飛んでくるカルシファーに苦笑を漏らし、ソフィーはヒンを押しやった。

「これからちょっと出かけてくるから後をお願いね」

「出かけるって……」

ふと向けられたカルシファーの視線の向こうにいるのは、ハクと千尋の姿。

「ハク達がいるってことは……道が繋がったのか?」

「正確には『扉がつながった』だけどね」

半ば強引に扉の向こう―――湯屋の世界へとハクを押してから、ハウルはカルシファーを振り返った。

「それじゃ行ってくるよ」

いきなりの出来事に目を丸くしているカルシファーの目の前で扉がぱたりと閉じられる。

「…………」

暫く沈黙が続き。

閉じられた扉を見つめて、カルシファーがぽつりと呟いた。

「……何か、企んでなきゃいいんだけどな……」

向こうの世界で魔法が何処まで通用するかも分からないってのに。

興味を持つとすぐに頭をつっこみたがるトラブルメーカーな性格は、心を取り戻しても変わらないらしい。

「……ハクに期待、だな」

あの冷静沈着な竜の化身には一目おいているようだから、彼の意見を無視して動くことはないだろ。

そんなことを思いながら、カルシファーはふよふよと定位置である暖炉の方へと戻っていった。