力ある者
その9

Web拍手御礼作品







日が陰ってくる頃になると湯屋は活気を取り戻す。

ぞろぞろと仕事場へと向かう従業員たちの中に混じって、千尋とソフィーの姿もあった。




「千、ソフィーに仕事を教えてやれ。今日は蓬湯の担当だからな」

「分かりました」

ぱたぱたと走り回る湯女達をソフィーは面白そうに見つめている。

「ソフィーさん、行こう。こっちよ」

「あ、はい」

言われるままに桶とブラシを抱えて千尋の後を追うように歩き出す。

「……すごい…」

昼間に見て回った湯屋とは全然違う。

活気に溢れた様子にソフィーはわくわくした気持ちを抑えられなかった。





「大湯よりは全然掃除も楽だし、良かったね」

ブラシで床を磨きながら千尋が声をかけてくる。

「おおゆ?」

「汚れたお客専門のお風呂なんだけど、とにかくすんごく汚れてるの。一日じゃ全然綺麗になんないくらいに」

「汚れたお客さま……」

おそらく客といえば人間しか思い浮かばないのだろう。

「千、もうすぐ一番客が来るぞ!!」

「はぁーい!」

お湯を流し、汚れを洗い流すと千尋はブラシを床に立てて辺りを見回した。

「よっし! これでいいわ」

ぴかぴかになった蓬湯を見回して満足そうに微笑む。

「後はどうするの?」

「言われれば接客もするけど……大体は使いっ走り。片づけをしたりとかね」

「そうなんだ……忙しいのね」

「うん……」

ふ、と千尋が視線を巡らせた。

「……千尋さん?」

「しっ」

――――湯屋の雰囲気が、いつもと違う気がする。

何が違うと言われると言葉に出来ないのだが。

と、向こうの方で悲鳴があがり、千尋はポニーテールを揺らして振り返った。

「悲鳴…!?」

従業員たちがざわめき始め、辺りが落ち着かない雰囲気になってきた。

「行ってみよう!」

「ええ!」

千尋とソフィーはブラシを投げ捨てて、悲鳴が聞こえた方へと走り出した。











「だ、誰かぁ!!」

辿り着いたのは客間へと通じる廊下の辺り。

廊下が炎の海と化していて、千尋は火の粉に思わず顔を腕で覆った。

「……火のかみさまがいる…」

全身を炎で覆われた異形の精霊が途方に暮れたように立ちつくしている。

どうやらその炎が周りの壁や柱に燃え移ったらしい。

いつもならば湯婆婆の力によって建物は守られている筈なのだが。

「ど、どうしよう、火を消さなきゃ!!」

だがここまで燃え広がってしまうと水では到底消し止められないような気がする。

だからといってこのまま放っておけば湯屋自体が火に包まれてしまうのだが。

「―――下がって」

後ろからぐいと肩を掴まれて、千尋ははっと振り返った。

「ハウルさん…!?」

ハウルが立っている。

その後ろにはハクの姿もあった。

「これくらいなら大丈夫。危ないから下がって」

言われるままに千尋とソフィーはハウル達から離れ―――二人手を握り合ってその様子を見守るように視線を向けた。

燃え広がる空間を見つめ、ハウルは手をすっと差し出した。

そのまますっと横に手を払う。

たったそれだけの仕草だった。

だが見る間に炎は勢いをなくし、弱まって来た。

「これくらいなら水で消せるだろう」

「水を持って来い」

ハクの言葉に遠巻きにして見ていた従業員達が慌ててバケツや桶に水を持ってやってくる。

何度も水をかけると炎は先ほどあれほど燃えていたのが嘘のように完全に消えてしまった。

「……す、ごい…」

最初に声を漏らしたのは千尋だった。

「あれだけで炎を消せちゃうなんて……」

きびすを返したハウルが苦笑を漏らした。

「僕が契約してたのが火の悪魔だったからね。ある程度なら火を扱うのはそんなに苦じゃないんだよ」

「湯屋は清浄に保たれている上に周りの精霊たちの力が活性化している事からハウルの力も増しているようだ」

ハクが付け足すのを千尋とソフィーは「ほぉ…」と声を漏らして聞いていた。

「さ、仕事を放り出して来てるんだろう? 早く持ち場に戻りなさい」

「はぁい」

「千尋さん、行こう」

「うん!」

少女二人がぱたぱたと走っていくのを見送ってから、ハウルはハクに向き直った。

「僕らは見回りの続き?」

だがハクは何かを考えているらしく返事がない。

「ハク?」

もう一度呼ぶと、ハクははっとハウルを見た。

「……ああ、見回りの続きをしよう」

「何か心配事でも?」

「…………」

ハウルの言葉に返事はなかった。