力ある者
その12

Web拍手御礼作品








停車場まで行くと、ちょうど電車が来る処だった。

こうやって電車に乗って銭婆の処まで行くのは久しぶりだ―――ハクと一緒の時は彼が竜となって連れていってくれるから。

坊は出かけるのを湯婆婆に見つかると厄介な為、ネズミに姿を変えている。

今はソフィーの髪を掴んでちょこんと肩に腰掛けていた。

車掌に3人分の切符を渡して中へと入ると、ソフィーが「わぁ」と声をあげた。

「広い……」

「こういう電車は初めて?」

千尋は席に腰掛けてソフィーを手招きした。

「うん、私のいる世界ではこんなに大きい電車はないから……」

がたん、と動き出した電車の窓の外からは何処までも広がる大地が見える。

「……外も、広いのね……」

「果てまで行った人はいないんだって。一度行ってみたいけど……怖い処みたいだよ」

「そう……」

ぎゅ、とソフィーが自分の胸を押さえた。

「……ソフィーさん?」

突然黙り込んでしまったソフィーを覗き込む。

「ハウル……大丈夫かな?」

今までばたばたしていた為そう深く考えなかったのだろうが、こうして一端落ち着くとだんだんと不安になって来たのかもしれない。

「ハクさんでも全く出られない結界のなかで……何もなければいいんだけど…」

「大丈夫だよ」

千尋はぎゅっとソフィーの手を握った。

「だって私たちがこれから何とかしに行くんだから、大丈夫。銭婆のおばあちゃんがいい知恵を貸してくれるよ」

―――本当は千尋も不安だった。

だがソフィーにとってここは異国の地で、右も左も分からない処。

その分不安が大きいに違いない―――自分がしっかりしなければならないという責任感が、千尋を奮い立たせていた。

「今からなら夜になる頃には着くよ。それまで外の景色を眺めていようよ」

出来るだけ自然に笑みを浮かべて、ソフィーを見つめる。

彼女が少しでも安心出来るように。

今の自分に出来るのはそれしかないから。

千尋のそんな思いが伝わったのか、ソフィーはふっと力を抜いた。

「うん、そうね。せっかく外の世界に出たんだし、ね」

その時坊がソフィーの髪を引っ張った。

「え、何?」

窓の外を見る―――と。

「……わぁ…」

そこには大草原が広がっていた。











「……今頃電車に乗っている頃かな」

ハクは結界のなかで頭上を見上げた。

「大丈夫なのかな、二人だけで……」

落ち着いているハクとは裏腹にハウルの方は心配そうにウロウロと歩き回っている。

「……歩き回ると力を消耗するぞ」

「でもなぁ……」

「銭婆はおそらくこの事を感知している。彼女らの事を見守ってくれている筈だ」

ハウルはハクの前にどっかりと座り込むと、彼を睨み付けた。

「ハクは心配じゃない訳!? 女の子二人で得体の知れない者がうようよいる世界を歩くんだよ!?」

「だが私たちはこうして囚われて何も出来ない。ならば彼女たちを信じるしかあるまい?」

「それはそうだけど……」

尚も渋るような表情のハウルにハクは笑みを浮かべた。

「大丈夫―――千尋もソフィーも強い。ハウルもソフィーの強さは知っているだろう?」

「………まぁ、ね」

ハウルを助ける為に暖炉から出られないというカルシファーを無理矢理連れ出したり、過去の世界へとさかのぼったり。

いつもは内気で大人しい彼女がいざとなるととんでもない力を発揮するのは良く知っていた。

「私たちはあまり力を消耗しないように、ここで待っているのが一番だ」

「分かったよ、そうする」

座り込んだままハウルは足を投げ出して大きく溜息をついた。

「は〜、こんな事になるならカルシファーを連れてくれば良かったよ。彼に同行させとけばここまで心配する事もなかったろうに」

愚痴めいた事をぶつぶつと呟くハウルにハクは苦笑を漏らしたのだった。













電車が6つ目の駅に着いたのは、もうとっぷりと夜も更けた頃だった。

ここから森へと続く一本道を歩いていけば、銭婆の家へとたどり着く。

二人(と一匹)は無言で、ひたすらその道を歩いていた。


   ぴょん、  ぴょん、  ぴょん、 


ちょっと間の抜けた足音が聞こえて来る。

その音に千尋は聞き覚えがあった。

「……向かえに来てくれた!」

「え?」

向こうからカンテラが一本しかない手を足がわりにして飛び跳ねながらやってくる。

初めて銭婆の家へと訪れた時も、こうやってカンテラが迎えに来てくれた。

「おばあちゃん、待っていてくれてるのね?」

カンテラへと話しかけると、彼(?)は肯定するように頷いてみせた。

それからついてこい、というように元来た道を飛び跳ねながら歩き出す。

「ついて行こう。おばあちゃん、もう待ってるみたい」

「うん、分かったわ」

足早にその後を追いかける。

真っ暗な森のなか、カンテラの明かりと、彼が飛び跳ねる音だけが響く。






そうしてどれくらい歩いたのか。

突然道が開け、向こうに質素だが大きな家が建っているのが目に入って来た。

「ついた……」

千尋が感極まったような声で呟く。

(やっと、ハウル達を助けて貰えるんだわ……)

ソフィーはぎゅっと胸を押さえ、その家を見つめ続けていた。