力ある者
その14

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湯屋に戻った時、まだ辺りは明るかった。

だがもう少ししたら夕暮れが―――仕事が始まる時刻になるであろう事が千尋には分かっていた。

「早く行こう、ソフィーさん」

「ええ」

橋を渡り玄関から中へと入る。

長い廊下を抜けると、魔力の渦が段々と近づいてくるのが感じられて、ソフィーはぎゅっと胸を押さえた。

そして。

「ハウル!!」

廊下を明るく照らし出す魔法陣の光が目に飛び込んで来る。

ソフィーはその場で足を止めてしまった。

「ああ、戻って来れたね」

魔法陣の中でハクが立ち上がる。

「ソフィー、怪我はない? 千尋、ソフィーが何かしなかった?」

矢継ぎ早に問いかけてくるハウルに千尋は笑みを漏らした。

「大丈夫だよ、銭婆のおばあちゃんの処に行って来ただけなんだから」

魔法陣の近くまで近づいた千尋が中にいる二人に良く見えるように石を差し出す。

「おばあちゃんがこの石をくれたの。魔力を中和してくれるんだって」

「分かった。頼むよ」

ハウルとハクが魔法陣の表面から出来るだけ離れるように中心に寄ったのを確認してから、千尋はその石を結界めがけて投げつけた。


石が結界に当たる。

その瞬間、辺りに目もくらむような眩しい光が放たれた。




「!!」

「きゃ…!」






一瞬何が起こるかと身を強ばらせるが何も起こらない。

恐る恐る目を開ける―――と。







「凄い、結界が消えてる!」

嬉しそうなハウルが辺りをきょろきょろと見回しているのが目に入って来た。

「ハウル!!」

弾かれるようにソフィーがハウルへと駆け寄っていく。

それを受け止め、ハウルはぎゅっとソフィーを抱きしめた。

「大丈夫? ごめんね、心細い思いをさせて……」

「それは平気。千尋さんとずっと一緒だったから」

そんな二人を千尋はうんうん、と満足そうに見つめていたが。

「またお前かい!! 余計な事をするのはいつもお前だ!」

地から響くような怒鳴り声が聞こえ、千尋は身をすくめた。

あっと思う間もなく、千尋のすぐ目の前に湯婆婆が姿を現す。

「湯婆婆様!」

まさかこんなに近くに彼女の前へと現れると思わず、ハクが焦ったような声を出す。

「一度痛い目に遭わないと分からないようだね、お前は!」

豚か何かに変えられてしまう!

そう悟った千尋は頭を抱えて小さく身をすくめた。







―――と。

「……バーバ。また千をいじめてる」

千尋の肩の上のネズミ―――坊が声をあげる。

えっ、と湯婆婆が声を上げると同時に、ぴょんとネズミは肩から飛び降り、その場で人間の姿へと変わった。

「ぼ、坊!?」

湯婆婆は相変わらず一人息子の坊に弱い。

それまでどんなに頑なに自分の意見を押し通そうとしていたとしても、坊に一言言われればそれを翻してしまう程である。

―――そして坊はハクと千尋によって、至極まっとうな性格へと成長してきていた。

「坊、バーバを見損なったぞ。力が欲しいからって千の友達を拉致監禁しようとするなんて!」

まだ9歳くらいの容姿の坊からそういう難しい言葉が出てくるのはきっとハクの影響に違いない。

「そんなバーバ、坊は嫌いだ」

「そ、そんなぁ……わ、悪かったと思ってるんだよ。もうこんな事はしないから、ね? 機嫌を直しておくれよ…」

「じゃ、これからもソフィーやハウルが遊びに来るのを許してくれるんだな?」

「そ、それは………」

「ハウルが精霊の力を宿してるから名を取らなくてもこの世界に来られるんだろ? バーバならそれが出来るの、坊は知ってるんだぞ」

完全に坊のペースになっている会話を聞きながらハクが千尋の傍へと歩いて来た。

「……どうやら坊は、ソフィーの事も気に入ったようだね」

「そうみたいね……」

その言葉を聞いてハウルがむっとしたような顔つきになる。

「ソフィーは渡さないからね」

「そういう問題じゃないでしょう、ハウル……」



結局、湯婆婆が坊の言う事を全て受け入れるまでこのやり取りは延々1時間続いたのだった。。