星の子
その2
Web拍手御礼作品
竜へと姿を変えたハクの背に乗り、千尋は花畑のすぐ近くまで舞い降りた。 「すごい! すごいよこれ……なんてカラフルなんだろ。日本じゃこんなところ、ないよね」 ハクの背から降りた途端花畑に足を踏み入れ、千尋が嬉しそうに声を上げる。 「見たことない花よ、これ。一体なんて名前なんだろう」 そっと花に顔を近づけると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。 「きれーい……まるで、おとぎの国みたいだ……」 千尋がうっとりと呟いた時。 「……グルルル…」 ハク竜が唸り声をあげた。 「ハク?」 じっとある方向を見つめて唸り声をあげているハク竜に、千尋は近づいた。 「どうしたの、何かいるの?」 その視線の辿る方向に視線を向ける―――と。 誰かが立っているのが見えた。 すらっとした肢体を持つ、黒髪の男性。 ハク竜はその男性に向かって唸り声をあげていた。 「あの人が、どうかしたの?」 宥めるようにハク竜の身体を撫でながら、千尋はその男性をじっと見つめた。 何となく雰囲気がハクと似ているような気がするが、その男性の方はハクよりもずっと人間らしい。 向こうの方もこちらを警戒しているようで凝視しているのが分かる。 「……私、話しかけてみる」 一触即発になりそうな雰囲気を見て取って、千尋はそう言うと歩き出した。 「――きゃ」 くい、とハク竜が千尋の服をくわえて引っ張る。 「ハ、ハク? 大丈夫よ、だから放して」 だがハク竜はくわえた千尋の服を放そうとしない。 「大丈夫。あの人、悪い人じゃないよ」 そっと服を放させようとした時、千尋はふ、と背後に気配を感じてはっと振り返った。 何時の間に近づいたのか、あの男性が千尋のすぐ前に立っていた。 「……ここらでは見かけない顔だちだね。それに……そっちにいるのは、竜? 僕も初めて見たよ」 微笑みもせず、かといって厳しい表情でもなく、感情が読み取れない表情で男性が話しかけてくる。 「グルルル…」 「ダメよ、ハク」 ハク竜が警戒心を露にするのを諭して、千尋は男性に向き直った。 「あの、私たち……トンネルをくぐってやって来たらここに着いてたんです」 「トンネル?」 「はい。……たぶん、この世界とは違うところから、私たちはやって来たんだと思います」 「…………」 千尋の言葉に男性は初めて驚きをあらわにした。 ―――と。 「ハウル――――っ!! 何してるの!? もう花は摘み終わっちゃったわよー!!!」 花畑の向こうから女性の声が聞こえてくる。 千尋ははっとそっちに視線を向けた。 「―――っ…え?」 姿を現したのは銀色の髪を肩で切りそろえ、中世時代の女性が良く着ているようなワンピースを着た少女。 ―――やっぱり、ここは私の住む世界とは違う。 千尋はそう確信した。 「ソフィー、ちょっと来て!」 男性―――ハウルがその少女を呼ぶ。 少女を呼ぶ時のハウルの様子はさっきまでとは全く違っていて、彼女が現れた途端に一気に醸し出す雰囲気がやわらかいものになった。 ハウルの雰囲気が全く変わったことでハク竜の方も落ち着いたのか、先ほどまでのような唸り声はあげなくなった。 「どうしたの、一体。……そちら、ハウルの知り合い?」 息せき切ってやって来た少女―――ソフィーは千尋をきょとんとした表情で見つめ返した。 「別の世界からやって来たんだって」 「えええ? 別の世界??」 「色々話を聞きたいから城の方へと案内しようと思うんだけど、いいよね?」 「そりゃあたしは構わないけど……」 ソフィーはさっきからちらちらとハク竜を見ている。 今まで見たこともない生き物にどう接していいのか戸惑っているのが千尋にも感じられた。 それはそうだろう―――千尋とて、この生き物がハクだからこうやって接していられるのであって、全く見知らぬものであれば恐怖を感じるに違いない。 「ね、ハク。元に戻ったら?」 千尋が耳元で囁く。 ―――と、ハク竜の身体が光に包まれ、その光のなかで身を人間のそれへと変化させた。 「……凄い」 その変化の一部始終を見ていたソフィーの口から、感嘆の溜息が漏れる。 ハウルのほうはじっとその変化を何も言わず見守っていた。 人間へと戻ったハクが、ぐいと千尋を引き寄せて自分の後ろへと追いやる。 「ハクっ」 「……そなた達の素性は、一体なんだ」 礼儀も何もかもすっ飛ばしての言葉に、千尋の方が慌ててハクの服を引っ張った。 「ハク、失礼でしょっ」 ハクの視線はじっとハウルのほうへと向けられていた。 「……この者からは凄まじい力を感じる。それと同時に人間ではない力も。警戒するのは当たり前だろう」 「え…」 だからハクはずっと警戒をしていたのか。 改めて千尋はハウルを見た。 ―――確かにソフィーが現れる前までのハウルならば、警戒したかもしれない。 しかし今彼女と一緒にいるハウルは、人の良さそうな笑みを浮かべた好青年にしか見えない。 「そこら辺も含めて話をしようじゃないか。そのくらいの時間はあるんだろう?」 ハウルが肩をすくめて言うと、ソフィーが笑顔で話しかけてくる。 「ね、城へいらっしゃい。あたしの名はソフィー。こっちはハウルよ」 人なつっこい微笑みを浮かべて手を差し出してくるソフィーに、千尋もつられるように笑みを浮かべた。 「私は千尋です。彼がハクって言うの。宜しくお願いします」 差し出されたソフィーの手をぎゅっと握る。 ―――彼女とは仲良くなれる。千尋にはそんな予感がしていた。 |