星の子
その3
Web拍手御礼作品
ソフィー達が言うその「城」というものに連れて来られたハクと千尋だったが。 「……………」 まず彼らを出迎えてくれたのは、じーっとこちらを見つめる炎だった。 「……またソフィーが連れ込んだのかい、この二人」 炎に顔が浮かび上がり言葉を喋る。 「違うわよ。ハウルが「色々話を聞きたいから城に呼ぼう」って言い出したの」 「ハウルが? そりゃ珍しい……よっぽど気に入ったんだな」 真正面から見つめられて、千尋はただただその炎を見つめるばかり。 「カルシファー、いたずらしちゃ駄目よ」 「分かってるよ」 案内されるままに中を歩き回り、ハクと千尋はこの城のなかで一番大きいと思われる部屋へと通された。 「どうぞ、そこの椅子に座って。お茶を入れてくるから」 案内をしてきたソフィーはそういうとお茶の用意をするためにぱたぱたと小走りに部屋を出ていってしまった。 ハウルはというと一緒に帰ってきてからすぐに別行動になり、この城に入ってからは一度も会っていない。 二人並んで座り、千尋は辺りをきょろきょろと眺め回した。 ――さっき通ったのはどう見ても小さな小さな小屋の入り口。 なのにその扉をくぐった向こうにはとても広い部屋があった。 「……一体どうなってるんだろうね、ハク」 小声で隣に座るハクに問いかける。 ハクは慎重に辺りに視線を配りながら、千尋の方へと身を屈めて声を潜めた。 「あの小屋の入り口とこの城とをつなげているんだろう。この城の実体は別のところにあるはずだ。次元を歪めてつなげるというのは相当な力でないと出来ないよ。……恐らくは人ならざる者の仕業だ」 「へ〜、一発でそれを見破るたぁ、おまえ……ヒトじゃないな?」 カルシファーと呼ばれた炎がハクの目の前にふよふよと漂ってきた。 「気配が全然ヒトと違う。でも悪魔でもないようだし……」 「精霊…みたいなものじゃないかな」 そんな声がしてハウルが姿を現した。 「当たらずも遠からず、ってところだろう?」 「………」 ハクは何も答えない。 千尋のほうがオロオロしてハウルとハクを見比べてしまうが、ハクの失礼極まりない態度にもハウルは気分を害した様子もなく、おもしろそうに見つめている。 「ハウル、自分のことを言わないで他人のことを根ほり葉ほり聞き出そうとしても駄目よ」 ソフィーがお茶を持って帰ってきてたしなめる。 「ハクさんはあなたのことを警戒してるんだから」 「ひどいなぁ……僕がそんな危険人物に見えるっていうの?」 どうぞ、と千尋とハクの前にティーカップを置いて、ソフィーはくすっと笑みを漏らした。 「見える人にはそう見えるものよ」 「ちぇ…」 ぼやきながらもハクたちの対面に腰を下ろして、ハウルは髪をかきあげた。 こほむ、と咳払いをして居住まいを正す。 そんなハウルの隣にソフィーが腰を下ろし、カルシファーがすぐ近くをふよふよと漂う。 「じゃ、僕のほうから話をしようか」 お互いが自分のことを話すのには結構な時間を要した。 (―――そういえば、ハクが自分の事を私以外にこれだけ詳しく話すのって、初めてかも) 千尋はハクの名前を取り戻した人物であるから当然としても、ハクは自分が川の主である事を他の人には話した事がない。 湯屋の者たちですら、ハクの本当の正体を知らないのだ。 成り行き上とはいえど、ハクが自分からここまで自分の事を話すことになったという事は、かなり画期的な事かもしれない。 そんな事を思いつつ、千尋はハクの話やハウルの話をじっと聞き入っていた。 ふと気がつけば、ソフィーが注いでくれたお茶がなくなっている。 完全に冷え切ってしまったティーカップに触れて、千尋はようやく相当な時間がたっている事に気がついた。 「お茶、入れ直してくるね」 ソフィーが立ち上がりトレイに4人分のティーカップを乗せる。 「あ……わ、私も手伝う!」 どうしてそんな事を言ってしまったのか分からないが、気がつけば千尋はそう言って立ち上がっていた。 その場にいる皆が驚いて千尋を見つめているのが分かって、千尋はかああっと赤くなってしまった。 ソフィーが笑みを浮かべて千尋においでおいで、と手招きをする。 「…じゃ手伝ってもらおうかな。ちょうどケーキがあるの。あたし一人じゃ持ってくるの大変だなって思ってたところだから」 「はい」 ソフィーに案内されて扉の向こうに消える千尋を、ハクはじっと見送っていた。 「―――あのさ」 ハクの意識を戻したのは、カルシファーの声だった。 「あんたってホントに川の化身なのか?」 「……ああ」 目の前の青年がどういうものなのか、この炎の悪魔と称する精霊がなんなのかは理解した。 が、ハクの警戒が解けた訳ではない。 「そんなにぴりぴりしなくたって、何もしやしないよ」 「分かっている―――だけど、私は千尋を守らなければならない。そなたたちとは今初めて出会ったばかりなのだから、すぐさま信じろという方が無理だろう」 「……まぁ確かに」 ハウルがもっともだ、という風に頷くのに、カルシファーが呆れた声を出す。 「ハウルがそんな事言ったら身も蓋もないだろ」 「でもそうだろ? 僕だって警戒するよ―――どこから見ても完全に人の姿をしてるのに、気配が全く違う――下手をすれば「神」にも近い存在が目の前にいるんだから」 それに僕の近くにいるのは悪魔だし、と付け加えると、カルシファーはムクれたように炎を吐き出した。 「ハウルがそんな事言うんだったら、おいらあっちに行っちゃうぞ!!」 「ごめんごめん、怒るなって」 ―――しかし、ハウルの態度にはハクを警戒するようなものは全く見られない。 「―――そうは言うがそなたは私を警戒をしてはいない。それは何故だ?」 ハクが問うと、ハウルはえ? と不思議そうな顔をした。 その顔が直ぐに笑みにとって変わる。 「それはあの娘が傍にいたからだよ。あの娘からはソフィーと似たような気質を感じたから……だったらあなたも警戒すべき存在じゃない。そう思っただけ」 (―――ああ、そうか) その言葉はすんなりとハクの胸にも落ちて来た。 (あのソフィーという娘が近くにいると彼の雰囲気がやわらかくなるのはそのせいか) ハクの気配からぴりぴりしたものが消えたのを悟って、カルシファーがおや、と声を漏らす。 「―――分かった。そなた達を信じよう」 その言葉にハウルがほっと安堵の息を漏らしたことを、カルシファーは見逃さなかった。 |