星の子
その11
Web拍手御礼作品
次の日の朝は何事もなかったかのように静まり返っていた。 「さっき見てきたらやっぱりトンネルが復活してた。ハクの勘は当たってたよ」 朝食の時にハウルがそう言ったことで、ハクと千尋はほっと胸をなで下ろした。 「……帰っちゃうのよね」 残念そうなソフィーの言葉は、そこにいる皆の気持ちそのものだった。 「一度あのトンネルが繋がったということは、また繋がる可能性はある」 だがそれが自分たちの気持ちと連動するかというとまた別の話だ。 「……こういうのがあれば少しは違うかもしれない」 ハクがそう言いつつハウルとソフィーの前に何かを差し出した。 「…鱗?」 薄くて白い、まるで花びらのような形をした鱗だった。 「これ…ハクさんの?」 ソフィーがおずおずと受け取って陽に透かしてみている。 「それが距離を縮めてくれるかもしれないよ」 「なるほどね……」 ハクの行動に合点がいったらしいハウルは、服を探って何かを取り出した。 「ハクがソフィーにくれたのなら僕も千尋にあげないとね」 ハウルが取り出したのは指輪だった。 「鎖に通してペンダントにでもしてくれればいいよ」 「ありがとう、ハウルさん」 確かに千尋の指にはほんの少し大きすぎる。 それを千尋が大事そうにしまいこむのを見てからハクは立ち上がった。 「さぁ、そろそろ行こう。湯屋に顔出しをしなければ皆が心配する」 「うん、そうだね」 「近くまで見送るわ」 それに合わせるようにソフィーとハウルも立ち上がる。 「また来てね、この城にお客様が来るのは久しぶりだったから楽しかった」 「それじゃあね」 マルクルとおばあさんも寂しそうに声をかけてくる。 「元気でなぁ」 手を振るカルシファーに手を振り返して、千尋は外へと繋がる扉を開けた。 ハウルが言ったとおり、トンネルが復活していた。 そのトンネルの前に立ち、ハクと千尋はハウル、ソフィーに向き直った。 「また会えるよね」 本当に寂しいのかソフィーは泣きそうになっている。 彼女にとっては永遠の別れになってしまうかもしれないという恐れがあるのだろう。 「……大丈夫。私とハクは何度も離ればなれになったけどこうしてちゃんと会えたから」 千尋はソフィーに近づくと、その身体を抱きしめた。 「だから絶対、会えるよ」 「…うん……」 ぎゅうぎゅうと抱きしめ合う少女二人をハウルとハクは見つめていたが 「ほらほら、もうそのくらいにしておかないと」 苦笑を漏らしながらハウルが二人に声をかけた。 「あまり未練を残しているとまたトンネルが閉じてしまうかもしれないよ」 ハクがそう言うと、ようやく二人は互いの身体を放す。 「……それじゃあ」 「うん、元気で」 手を振ってハクと千尋は歩き出す。 それをハウルとソフィーはじっと見つめていた。 彼らの姿がトンネルの奥に消える。 完全に姿が見えなくなると、トンネルがすぅ…っと自然に岩で覆われ、普通の壁に戻ってしまった。 「―――閉じた」 「うん…」 まだ泣きそうな表情でトンネルだったところを見つめているソフィーの肩を、ハウルがそっと持った。 「大丈夫だよ、ソフィー。また会えるよ」 「…そう…だよね……」 ハウルはしょぼんとしたままのソフィーに微笑みかけた。 「……あんまり千尋のことを言ってるようだと妬けてくるんだけど?」 「えええ!? な、何でそんなことになるのよ?」 「だってあんなにソフィーが気にかける存在って滅多にないし。僕以外にそういう態度を示すのって凄く妬けるよ?」 そんな事を言いつつもハウルの表情は優しい。 落ち込んでいるソフィーを慰めようとして言っている事はソフィーにも分かっていた。 「い、いいじゃないの。友達なんだから」 「絶対、友達以上のものを感じるんだけどなぁ」 「勘ぐりすぎよっ。……さ、城に戻りましょう? 今日はお店も開けなきゃ」 「うん」 ちょっと元気が出てきたらしいソフィーに安堵の息を漏らして、ハウルはそっと彼女の手をとった。 「……あ」 トンネルを抜けて戻ってきたところで千尋ははっとトンネルを振り返った。 「見て。壁が赤に変化してる」 見上げる先にあるのは今や見慣れた色となった赤い壁。 「これなら湯屋に繋がっているだろう。私たちがどのくらいの時間いなかったことになっているのか分からないけど、とにかく行ってみなければね」 「うん」 千尋とハクは再びトンネルをくぐった。 見えてくる駅の待合室のような場所。 聞こえてくる電車の音。 そして―――出口を抜けた先には、広がる大草原。 「千尋?」 草原に立つ時計台を見つめ続けている千尋に、ハクが話しかける。 「また、会えるよね」 自分の住む世界とも違う、湯屋のある世界とも違う、また別の場所。 あの城に、また行けるだろうか。 「きっとね。それが何時になるかは分からないけど、それを待つのもまた楽しいんじゃないかな」 「――そうだね」 ハクと再会出来るのを待つのは、ただひたすら忍耐だった。 でも今は違う―――隣にはハクがいて、あの世界での思い出を分け合っている。 「さ、行こう。まずは湯婆婆に謝らなければ」 ハクが千尋に手を差し出してくる。 千尋はその手をそっととった。 「うん!」 END |