緋色の野望・血色の闇
その2
ドアのノブを回すとチーン、という音がして外の風景が変わった。 「それじゃ行って来るね」 ソフィーはかごを手に振り返った。 「いってらっしゃーい!」 マルクルがぶんぶんと手を振ってお見送りをしてくれるのに笑みを返す。 「マルクル、おばあちゃんをお願いね」 「うん!」 扉を押し開けると、花畑がソフィーの眼前に広がってた。 ハウルが花を助けているためか、ここはいつも花であふれている。 「今日は向こうまで行ってみようかな……」 そんな独り言を言いながらソフィーは歩き出した。 気に入った花が見つかるとそれをかごに入れて、どんどん歩いていく。 「……え?」 誰もいないはずの花畑に誰かおり、向こうの景色を眺めていた。 赤いコートのような服を着た、ハウルとそう歳も変わらない若い男性だ。 風になびく金の髪が、出会ったばかりのハウルを思い出させた。 色とりどりの花のなかにひときわその赤い服の色が目立つ。 「……赤?」 自分で口に出してから、ソフィーは「赤の魔法使い」の噂を思い出した。 もしかしてここにいるのは赤の魔法使いなんだろうか? そうだとしてもそうでないとしても、この場所は人里離れた山奥。 見たところ周りに飛行機らしきものもなく、歩いてこれるような場所でもない。 ―――関わらない方がいい。 直感的にそう感じ取り、ソフィーは後ずさった。 「……逃げるの?」 後ずさった途端、そんな声が聞こえてソフィーは身をすくめた。 「……あ」 その男性が振り返った。 「……っっ」 青い宝石をあしらったピアスやペンダントを身につけた、美貌の男性だ。 だが。 (―――ハウルの方がきれいだわ) なんて思ってしまうあたりソフィーもハウルにべた惚れしているといえよう。 そしてソフィーには気になっているところがあった。 その男性の瞳。 ―――その瞳には何処か危険な彩が見え隠れしていた。 彼はとても危険だ。 「君に会いたかったんだよ……ソフィー」 初めて会ったのに自分の名前を知っている。 やはり目の前の男性は自分にとって良い存在ではない―――ソフィーはそう判断してまた一歩後ずさった。 「逃げなくてもいいだろう?」 「あ…!?」 男性が手を振った瞬間、ソフィーの体は全く動かなくなってしまった。 「何したのよ!? 術を解いて!!」 口だけは動くのをこれ幸いにとソフィーは相手を睨み付け必死に口を動かす。 何かしていないと不安で心が押しつぶされそうだった。 「ちょっと協力して貰いたいだけだよ。そう怖がらないで」 男性はゆっくりとソフィーに近づいて来る。 ―――こわい。 その微笑みの裏でいったい彼が何を考えているのかが分からず、それがより恐怖を煽る。 「いや…来ないで……来ないで!!」 男の手が、ソフィーの手首を掴んだ。 その冷たさに背筋が凍る。 「―――――っっ……!! ハウル―――!!!」 「―――手を離せ、カーディナル!!」 突然後ろに強い力で引っ張られ、男の手が離れた。 「大丈夫、ソフィー!?」 視線を向けるとハウルがソフィーを見つめていた。 「ハウル…!」 ほっと安堵すると同時にハウルに抱きつきたい衝動にかられるが、ソフィーの意に反するように全く身体は動かない。 「……呪縛をかけられたね」 ソフィーの身体にかかる魔法をすぐに見破ったのか、ハウルの目がすっと厳しくなる。 「ハウル……っ」 ハウルの顔が近づいてくるのに気がつき慌てて目を閉じる。 すぐに唇にやわらかいものが触れ、すぐに離れていった。 「もう動けるよ……下がっておいで」 はっと目を開けると手足が自由になっている。 慌ててハウルの後ろに隠れてそっと顔を覗かせる―――と。 あの男―――カーディナルとハウルは呼んでいた―――がさっきと同じような微笑みを浮かべて立っていた。 だが先ほどソフィーが感じた瞳の彩は、ハウルが来た事でより深い彩に変わって来ている。 「やはりその少女のおかげで、君は心を取り戻したんだね。……いや、彼女のせいで、というべきか」 「……君には関係ない筈だ。わざわざ来て頂いたのに申し訳ないが、お帰り頂こう」 ハウルの右手がすっとしなやかにあがり、その指が何かの印を描く。 「おお怖い。大魔法使いさまの機嫌を損ねる前に、帰らせて貰うとしよう」 ハウルの魔法が発動しかけているのを見てとってか、カーディナルは首をすくめてコートの裾を翻した。 「……またいずれお目にかかろう。楽しみにしているよ……ソフィー」 カーディナルの目が赤く光り、ソフィーは声を漏らした。 「―――え…」 目の前が一瞬真っ暗になり―――足元が沈むような感覚に囚われる。 「ソフィー、見るな!!」 ハウルの声ではっと我に返った途端、唐突に景色が目の前に戻って来た。 「―――あ…たし……」 カーディナルの姿はもう何処にもなく、美しい花が風にそよそよとそよいでいるだけだった。 |